実写版『美少女戦士セーラームーン』ファンブログ


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【第913回】セーラームーン最後の戦いの巻(北川景子『劇場版美少女戦士セーラームーンCosmos』)



 平成の“濡れ場俳優”がNHKで本領発揮だ。永山絢斗(25)が、19日からスタートするドラマ10『聖女』(NHK・22時~)で主演の広末涼子(34)相手に初回から濃厚なラブシーンを披露し、見せ場をつくっている。


 今から10年近く前の『日刊ゲンダイ』に載った記事だが(2014年8月19日)、このドラマはまだ「NHKオンデマンド」で有料配信中である。いつまで視聴可能か分かんないから観たい人は急げ。



 回想。永山絢斗くんの家庭教師はすてきな広末さんだった。胸元チラリでドキドキ。


 
 からの熱烈なキス。からのベッドイン。こんなドラマをふつうに放送していたのだからNHKもスミにおけない。



 広末さんは斉藤由貴さんのようになれるかなあ。そして永山絢斗は伊藤「マジックマッシュルーム」英明のように第一線にカムバックできるであろうか。頑張ってください。というわけでこの夫婦。



 永山絢斗のお兄さん。なんて、わざとらしく間違えてみました。正しくはこっちの夫婦ね。



 花嫁のほうがこのたび、間もなく封切られる新作アニメ『劇場版 美少女戦士セーラームーン Cosmos 後編』にセーラーコスモス役で出演されていることが明らかにになった。



 2023年6月14日、東京の丸の内TOEIにて開催された後編の完成披露舞台挨拶でサプライズ登場の御挨拶より(ORICON NEWS 2023年6月15日配信)。



北 川「本当にオファーいただいた時に『私でいいんだろうか?』って感覚がとてもあって、やっぱりもう、そうそうたるレジェンドの声優のみなさんたちがいらっしゃるなかで、何か自分が発表されたらどんな感じなんだろうって、すごく不安もあったんですけど、皆さんが今日,拍手で迎え入れてくださって、すごくホッとしました。嬉しかったです」



北 川「オファーをいただいた時は、あの、セーラームーンの姿形をしている役なんですけど、なんか究極の未来の姿というか」
三 石「そうね」
北 川「はい。私は、あの実写版のセーラームーンをやらせていただいた時に、マーズの役をやらせていただいていたので……(客席から「見ていたよ」の声)ありがとうございます……私でいいのかな、というか」



北 川「私たちにとっては、もちろん三石さんがうさぎちゃんだけど、実写版のほうでは沢井美優さんが、私の中では絶対的なセーラームーンで、で私はお仕えするというか支える側の戦士だったので、なんか自分でいいのかな、っていうような感覚がとてもあって、で、まあみんなには一応『こういうお話があって』っていう話は、ほかの戦士にも一応しました」



北 川「はい、戦士会のみんなにも『こういう話をもらったんだけど』っていう話はして、『どう思う?』っていうような。で、みんな『絶対やって欲しい』っていうふうに言ってくれて……。私たちが実写版で出会ってからも20周年という、なんか節目の年なんですよ、今年は。だからなんか20年を振り返りながら、みんなで想い出話をしたり、やっぱ私たちにとってすごく大切な作品だよね、って。だから関わってくれるのは嬉しい、っていうようなリアクションだったので、すごくみんなに背中を押されてというか、やりたいなと思いました」



北 川「私は『なかよし』の連載でセーラームーンに出会ってから、本当に子どもの頃なんですけど、最初に好きになった漫画とかアニメがセーラームーンで、で、私が芸能界デビューするってなったときに、初めて受けたオーディションが実写版のセーラームーンだったんですけど、で、それがきっかけでデビューすることになって」



北 川「で、その仲間たちと20年間ずうっとこの同じ世界で働き続けて、というか、共に闘い続けて、やってきて、でこの作品でセーラームーンに関わることができて、何だろう、なんかもう、人生のいろんな大事な節目で、セーラームーンが、そこに一緒にいたというか、共に、一緒に過ごしてきたという、そんな作品なので、人生の一部というか、そんな感じがします。はい」



三 石「景子ちゃんとは『リコカツ』というドラマで、なんと親子の役をやらせていただいてて」



北 川「そうなんです、はい」



三 石「その時に私、連続のドラマはホント初めてで、本当に右も左も分からない状態のところを、しっかり主役として優しく迎えてくれて、フォローしてくださって、もう本当に、恩人なので……」


 このあと、三石琴乃はすでに先にアフレコを済ませていたんだけど、北川さんの収録初日にはスタジオに駆けつけたとか、いろいろ話題はつきないが、このへんで。



 ギャラクシアをイメージした衣装の林原めぐみさんはキンキラキン。今回の完成披露舞台挨拶に登壇したキャストは、三石琴乃(エターナルセーラームーン/月野うさぎ)、林原めぐみ(セーラーギャラクシア)、水樹奈々(セーラー火球/火球皇女)、井上麻里奈(セーラースターファイター/星野光)、北川景子(セーラーコスモス)の5人。



 庵野監督がエヴァンゲリオンでセーラームーンへのオマージュを捧げまくっていることは、御本人が語っているので皆さんも御存知だと思う。綾波の髪の色が水野亜美へのリスペクトだとか、ミサトさんとうさぎちゃんの前髪はトレースできるぐらい重なるとか、そういう話題もひととおり掘り下げたいところだが、今回はまあいいや。
 関係者の反応のなかでは、ダンナの「観たい!! 俺もウルトラマン出たい! オファーがない!」が秀逸であった。(さっきM14さんのブログを見に行ったら、同じことが書かれていた。)夫婦の会話には関西人の求めるオチがないらしいが、こういうときのオチはキレがあるじゃないか。



 という話題をマクラに、『まつもTOなかい』レビューの続きに入る予定だったのだが、今から本題、なんて言うには、すでにけっこうな分量になってしまっているので、今日は北川景子×上沼恵美子の記事はお休みとします。また次回。



 北川さん登場で、世間的にはイマイチ影の薄い劇場版新作アニメの『Cosmos』が、もう少し話題にしてもらえれば良いかなと思う。まだ後編が未公開なので評価は控えるが、と言いつつ書いてしまうが、良いと思う。新作アニメの最初のCrystalではちょっとアレだった作画も、だいぶ改善された(誉めているのかどうか自分でもよく分からない)。



 基本的な制作スタンスは『シン・仮面ライダー』と同じ。つまり物語的には武内直子の原作に準拠しているが、オープニングをはじめ旧アニメ版ファンへの目配せもある。また、話はちょっと詰め込みすぎで初心者にはハードルが高いが、長年セーラームーンを愛し続けた方々には、やはりどこか琴線に触れるものがあるのではないだろうか。



 このブログの前回のコメント欄に百日紅さんが「セーラームーン展とか今まで公式がほとんど実写のことに触れてこなかったくせに、ここで実写に関する人とか出すのってなんかなぁとは思いますけどね」とコメントされていて、実写版主義の当ブログとしては深くうなずける意見ではあるが、まあしかし、そういうふうに状況が変わったことを、率直に喜ぼうではありませんか。これまでアニメ版原理主義者に叩かれたり、北川さんサイドがあまり触れたがらなかった「セーラームーンでデビュー」の事実が、ほんとうの意味で全面解禁になったからこそ実現した快挙です。ずっと「セーラームーンが私の原点」と言い続けてきた北川景子さんは偉い。
 しかしですね、実はまだ「アニメ原理主義者」というのは健在のようで、ネットで今回の劇場版「COSMOS」に対するこんな意見を見かけた。


この一連の新作は、旧作に不満だった原作者の意向があった上での原作準拠であれば、三石さんさえ起用せず旧作関係者を一掃するべきでした。それでもヒットすれば原作がよかったことになり、しなければ旧作のおかげで原作者まで儲かったということが分かるのに変に保険を掛けるようなやり方が潔くない。


 もはや意味が分かんない人もいると思うので解説すればこういうことだ。(旧)アニメ版が大ブームだった1990年代当時、セーラームーンの「大きいお友達」の中には、(旧)アニメ版のみを認めて原作および原作者を認めない「アニメ原理主義者」がいたのだ。どうしてそういう特殊なユーザー層が生じたのか。私の考えは15年程前、【第93回】の「2 . 決めゼリフあれこれ」以降に書いたので繰り返さない。よろしかったら御参照ください(ただし長いよ)。






 で、そういう旧アニメ版原理主義者からすれば、今回の「原作・総監修 武内直子」によるリメイク版アニメは「敵」なわけですよ。まさか今でもそんな考え方の人が生き残っているとは、私も思っていなかったけど、でもさっき引用したコメントは「旧アニメ版が気に入らないから新作を作るのなら、三石琴乃も只野和子も『ムーンライト伝説』も使わず、完全オリジナルで作ってヒットさせてみればいい。そうすれば旧アニメ版のありがたみが、原作者にもわかるでしょうな」という意味なのである。
 でもねえ、原作とアニメ版(それに実写版)は、そんなに単純に区別できるものではない。







 たとえば、武内直子から富沢美智恵へのオマージュとして捧げられた短編「カサブランカ・メモリー」について、アニメ版原理主義者/アンチ原作派の人はどう考えているのだろう。ピーチ・ヒップスというユニット名だって武内直子の発案である。あれは恥ずかしいか。
 あ、でも私にはいまさらそんな議論を蒸し返す気はさらさらないので、本日はこのくらいにしておく。ただ、実写版をさんざん叩いたアニメ版原理主義者が、まだいるのだなと思って、ちょっと懐かしくさえ思えてしまったというお話でした。じゃ、また。