オノ・ヨーコのアルバム『シーズン・オブ・グラス』(1981年)のジャケットには、前年に夫のジョン・レノンが射殺された時のメガネがそのまま写っている。血痕がこびりついた即物的なイメージに一切の意味はない。伝わるのはやり切れなさだけだ。これは当時、事件をレノン生前の政治発言やビートルズやその他もろもろに結びつけて論じていたマスコミに対するヨーコの返答なのだと思う。有名人は、われわれ無名な人々の妄想を押し付けられるリスクを常に背負っていて、その結果ときに痛ましい惨事が起ってしまう。しかしそこに政治的な意味はない。社会的な意味もない。その死にかこつけて何かを論じるべきでもない。ただ哀悼の意を表するしかない。
さて『正直不動産』もいよいよ第8話。エピソードタイトルは「信じること」(2022年5月24日放送/原案:夏原武/原作:水野光博・大谷アキラ/脚本:根本ノンジ/照明:長谷川誠/撮影:金澤賢昌/プロデューサー:宇佐川隆史・清水すみれ/演出:金澤友也/制作:NHK・テレパック)。
前回ラスト、一方的に本気宣言をして去っていった美波(泉里香)は、永瀬(山下智久)攻略の策を練るべく、内緒で咲良(福原遥)を呼び出す。
で、呼ばれた先は、やはりというか「しょうじきもん」ではなく、第6話以降お馴染みとなった「漁火」である。結局、視聴者が「しょうじきもん」の店内を再び見る機会は、泉里香が山下智久にシャインアクアイリュージョンをかます第10話(2022年6月7日)まで待たなければならない。
この第10話が本編の最終回で、さらにその翌週には特別番組『正直不動産 感謝祭』(2022年6月14日)がオンエアされたが、その時のスタッフ・キャストの座談会がこの店を舞台としていた。
山 下「いやいや懐かしい」
山 下「どうぞどうぞ」
長谷川「いやいや、懐かしいな~」
いやいやちょっと待て。シソンヌ長谷川忍は「懐かしい」なんて言うほど、この店でのロケに参加していたっけ? ちなみにロケ地は江東区門前仲町の「(農)センマイル」という店で、店名の由来は「SMILE=笑顔」の中に「EN=縁、円」を入れて「SENMILE=センマイル」、有機野菜がたっぷりの農業系居酒屋だそうであります。
考えてみればこのご時世、居酒屋さんだって営業できるあいだは精いっぱい店を開きたいし、まるまるドラマ10話ぶんもロケに貸してる余裕はなかったのかも知れない。
話を第8話に戻して、月下咲良(福原遥) がのれんをくぐると、例によって「しょうじきもん」大将の正(湯江タケユキ)と妻の直子(伊藤麻実子)の正直コンビが出迎える。後輩の店のお手伝いに来ているという設定なのに、ほとんど自分の店みたいだが、上述したような事情を汲んで(ただの推定だが)黙って受け入れよう。
咲 良「こんばんは」
正 「はいいらっしゃい」直 子「いらっしゃーい」
正 「あれ、今日一人?」
咲 良「待ち合わせで……」
美 波「月下ちゃん、こっちこっち!」
直 子「月下ちゃん、榎本さんと最近、仲いいね」咲 良「あ、 はい、まあ……」
美 波「大丈夫? バレてないよね?」
咲 良「はい。あの……何で永瀬先輩に内緒なんですか?」
美 波「その前に、月下ちゃん、永瀬さんのこと、どう思ってるの?」咲 良「どうって?」
美 波「好きなの?」
咲 良「好きですよ、もちろん」
美 波「は?」
咲 良「あ……」
咲 良「あ……あぁ あぁ あぁ あのう、人としてというか、会社の先輩として」
美 波「じゃあ、男性として見てないってことね?」
咲 良「はい」
美 波(軽く頷く)
咲 良「あ、あの、これ、どういうことですか?」
美 波「私、永瀬さん狙うことにしたから」
美 波「これから本気でいきますんで覚悟のほどを」
美 波「へば」
永 瀬「……へば……」
咲 良「そういうのって宣言することですかね?」
美 波「あったの。中学の時、私が同じクラスのマサキ君、好きになって」
美 波「仲いい友達に相談してたら、いつの間にか横取りされて」
美 波「それ以来、私は好きな人ができたら」
美 波「取れられないように、周りに宣戦布告してるの」
咲 良「カッコいいんだか悪いんだか……」
美 波「月下ちゃんは裏切らないよね? 信じるよ」
咲 良「信じてください。 わたし絶対、永瀬先輩とつきあいませんから」
美 波「言ったね」
咲 良「はい」
美 波「……今の録音したからね」
咲 良「全然信じてないじゃないですか!」美 波「いいから協力して」
美 波「私たちの愛が実るために」
咲 良「協力って何を?」
美 波「まずは情報収集。敵を知らずして、勝利なし」
福原遥って、育ちの良さそうなおっとりした美少女で、醸し出す空気がいつも一緒で、でもそのわりに作品ごとにしっかり役を演じ分けている。『ウレロ☆無限大少女』(2016年、テレ東)のデコ、『3年A組 –今から皆さんは、人質です–』(2019年、日テレ)の涼音、『ゆるキャン△』(2019年、テレ東)の志摩リン、どれもちゃんとキャラが立っているところが見事ですね。
以前どこかのインタビューで「全国どこへ行っても『まいんちゃん大きくなったね』と言われて、日本中に知らない親戚のおじさん・おばさんがいるみたいな感じ」とか言っていたけど、この秋から朝ドラの主人公になれば、それがさらにエスカレートして、もうとんでもない状況になることが分かっているんだろうか。分かっているんだろうな。そういう意味ではやはり、私たちには分からないとてつもないメンタルの持主なんだと思う。
咲 良「永瀬先輩。身長ってどれぐらいですか?」永 瀬「何? 急に」
咲 良「いいじゃないですか。どれぐらいなのかなって」
永 瀬「2メートル」咲 良「いや2メートルって……」
咲 良「あっ、じゃあ体重は?」
永 瀬「何なの?」
咲 良「教えてくれてもいいじゃないですか。女子か!」
永 瀬「65キロぐらい」
咲 良「65キロ、はい。で血液型がA型で、てんびん座ですよね」
咲 良「あっ、あと過去に大きな病気の経験とかあります?」永 瀬「何? 問診?」
咲 良「私、永瀬先輩を すごく尊敬してるので、何でも知りたいんです」永 瀬「生命保険でもかける気なのか? 怖いな~」
咲 良「違いますよ……あっ、あと今どこのタワーマンション住んでます?」
永 瀬「え?」
咲 良「タワーマンション住まいですよね?」
永 瀬「ああ〜」
咲 良「永瀬先輩の最寄り駅から考えたら……あの……」
永 瀬「あ〜っ!そんなことよりさ、手土産買ってきた?」
咲 良「って、またですか?」
永 瀬「5億の案件だから、早く買ってきて。やばい、遅れられないから」咲 良「そんなにお菓子もらっても要らない……」
永 瀬「早くしてくれよ! 本当にもう時間ないよ!」咲 良「分かりましたよ!」
永 瀬( 危ねえ)
永 瀬(あんなとこに住んでるの)
永 瀬(絶対バレたくない)
と、ごまかしおおせたつもりの永瀬だったが、月下咲良はごまかせても、光友銀行融資課の榎本美波はごまかせない(笑)。
タワマンならぬ安アパートでカップラーメンを啜る永瀬。ここまで全く取り上げなかったが、実は今回のエピソードで永瀬が扱っているのは5億円の土地売買取引という、シリーズ最大級の物件である。しかし実は取引相手の正体は、自分の所有していない土地を巧妙に売りつけて直後に消え去る「地面師」と呼ばれる詐欺師だった。シロサギVSクロサギ。でも相手の正体を見抜いた永瀬は、ギリギリで契約を見送って大損害を免れる。
結局、残ったのはでっかい契約がなくなっちゃったという事実のみ。営業成績的にはヤバすぎ。
「これじゃ当分タワマン無理」と夜空を見上げ、「風呂でも行こう」と洗面器を抱えて洗湯に向かう永瀬。だがその時、ストーカーが姿を現わす(笑)。
美 波「永瀬さん!」
永 瀬「榎本さん!? 何で?」
美 波「月下ちゃんに聞いても「どこに住んでるか分からない」って言うから、会社から 後つけてきたんです」
永 瀬「つけてきたんですか!? こわぁ」
美 波「それより……その格好」
永 瀬「あぁ」
美 波「ここにお住まいなんですか?」
永 瀬「あ、いや、あぁ、 あのう」
美 波「タワマンじゃないんですか?」
永 瀬「あっ、うん… あ……」
永 瀬「このことは誰にも言わないで」
永 瀬「二人だけの秘密にしてください」
美 波「二人だけの…… 秘密……」
榎本美波は、泉里香の役作りとしては良い意味で既製品である。新境地を開拓する不安定要素はなくて、ここ数年で演じてきた役のスキルで安定的に演じられる。演出側もそれを望んでいるのだと思う。
具体的には『海月姫』(2018年フジ)の稲荷、『ゲキカラドウ』(2021年テレ東)の大河内さん、『高嶺のハナさん』(2021年BSテレ東)のハナさん、このあたりの組み合わせですね、今回は『海月姫』の稲荷のノリを少し濃く感じた。
というあたりで今回はここまで。次回は第9話。へば。