実写版『美少女戦士セーラームーン』ファンブログ


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【第130回】Special Actの巻(2)

野球狂の詩 [DVD]

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最近うちのテレビが変です。画面全体がオレンジというか、赤みがかってしまって、どんな場面も夕陽が差している感じ。ニューススタジオも夕焼け空である。もう寿命ですかね。
このテレビがうちに来たのは、娘が生まれた直後だ。それまで盛んに映画館や芝居に通っていた私と妻だが「赤ちゃんが生まれたら、もうそういうわけにもいかないね」と、せめて家でビデオや衛星放送を楽しめるように、当時の我々には分不相応に豪華で巨大なワイドテレビを買ったのだ。
娘が生まれた年ということは、つまり正月早々に阪神・淡路大震災があった年である。当時、我々は関西に住んでいた。夜明け前にものすごいインパクトが来て、とっさにお腹の大きな妻のうえに覆いかぶさったことをよく憶えている。タンスや本棚から落ちてきた物が背中を打って痛かったが、おかげで赤ん坊はその夏、元気に生まれてきた。
そんなわけで、直接おおきな被害はなかったが、でもまあそれなりに色々あって、数ヶ月後、新しい職を得て我々は名古屋に引っ越すことになる。だもんだから、そのころ放送中で終盤にさしかかっていたアニメ『セーラームーンS』を、私は震災以降、見逃している。ほたるの覚醒が近づき、ちびうさやうさぎたちと外部戦士の緊張が一気に高まって、無限学園編がクライマックスに突入するあたりだ。結局どうなったのかを知ったのは、娘が3歳になった頃だったかな。当時は『おジャ魔女どれみ』の前にセーラームーンの再放送をやっていて、娘もそれを観てファンになってくれたので、「娘のため」という大義名分で、観ていないぶんのビデオを借りたり、フィギュアを買ったり、やりたい放題だった。
いやそれはともかく、あれから12年。テレビも寿命が来たということでしょうか。震災と麻原彰晃逮捕の年に生まれたうちの娘も、この春には中学生だ。

1. 別々の道を歩き始めても<亜美>


さて『Special Act』の方は「あれから4年」でしたね。中学2年生だった戦士たちも、もう18歳。高校を卒業して、それぞれの道を歩み始めたところだ。物語は、そんな彼女たちの「いま」が、うさぎのモノローグにあわせて紹介されるところから始まる。季節は春、5月ごろのお話って感じだ。
現実世界では安座間さんと北川さんの2人が大学生になっているけど。梨華さんはどうなのでしょうか。ともかく、お話の中で進学したのは亜美ちゃんのみ。といってもやはり普通じゃなくて、高校の途中でアメリカの大学に留学してドクター目前なんですと。
こういう設定があまりにも非現実的かというと、そうでもない。アメリカには、高校1年から入学できる大学も、現にある。アメリカの高校は、大学と同じ単位制だ。だから中学を出たらまず大学に入っておいて、大学で、高校卒業資格の単位と、大学の本来の単位をまとめて取るということもできる。そういうコースを実施している大学があるのだ。
そして飛び級がある。教員が実力ありと認めれば、所定の時間数の授業を受けなくても、その科目をマスターしたことになり、単位をもらえる。これには、もちろん資格審査のテストもあるけれど、ものすごく短期間で飛び級する場合には、教員との「交渉」(petition)が物をいう。たとえばソフトバンクの孫正義という人は、日本の高校を中退してアメリカの学校に入って、先生たちと「この科目は日本で勉強済みだから1週間で飛び級させろ」とか交渉しまくって、どんどん進学しちゃったらしい。
もっとも亜美の場合はちょっと違うでしょうね。いま書いたように交渉で飛び級をするには、教員相手に直接「私はもうこの授業をマスターしているから、さっさと単位をくれ」みたいなことを訴えなくてはいけないが、亜美はそういうことをするような人ではまずないし、おそらく、高校生でも入学できる特別な大学を選んだわけでもない。そういう大学というのは、実は「ウチは高校生でも入学できますよ」という宣伝文句で、優秀な学生を確保しようとしているランクの低いところで、つまり一流校ではないんです。だからそういうところに高校生入学で入る子は、飛び級との合わせ技で15歳とか16歳とかでさっさと卒業して、次にもっと伝統のある名門校への編入を狙っています。でも有名大学のなかには、そういう大学で取った単位を認めないところも多いんですね。そうすると結局、1年生からやり直しということになる。亜美ちゃんがそういう大学をわざわざ目標にして留学するとも思えないしね。
だからやっぱり、亜美はものすごく特殊なケースなんだろう。本来なら安易な年少者入学や飛び級を決して認めない、厳格な名門校に特別に入学を認められ、その才能は教授陣にとっても驚異の的で、特例中の特例として、どんどん飛び級して大学院レベルまで達してしまった、みたいな。エンドタイトルでは、外人の少年を検診しているカットも入るから、もうすでにインターンをやっているわけだ。まあとにかくそうやって「史上最年少のドクター」への道、まっしぐらの亜美ちゃんである。しかしこの冒頭の、宇宙服のようなものを着ての手術シーンは、いったい何なのか。

2. 別々の道を歩き始めても<レイ>


レイは京都のお山で修行中だ。神社の巫女さんだったころと同じ格好(ただし袴は黒)なので、尼僧になったわけではなさそうだが、筆で梵字(サンスクリット文字)かなんかを書いていて、密教のお寺で修行しているみたいだ。神道なのか仏教なのか、けっこういい加減である。
でもまあ、日本は神仏習合の国だから、あまり細かいことは問うまい。そもそも、比叡山にしろ高野山にしろ、古来から神々のすむ霊峰とされているような山に「ここは土地の神様に守られている」と後から仏教がお寺を建てたのだから、最初からごっちゃなのである。修験道の人たちも、神様の祝詞をあげたり仏様のお経をあげたり、ケース・バイ・ケースだ。
でも、比叡山とか高野山なんかは、明治までは女性の出入りを禁じていた。大峰山とか熊野神社とかは、現在も禁じている。レイが修行しているのがどこの山か知らないが、どっちみちこの手のお山は、かつては女人禁制の伝統をもっていたし、今でも女性の修行者というのは珍しいはずだ。基本的に男ばっかり。もちろん修行の身なので禁欲中。
そういう場所にあの北川景子さんがやって来たのだ。ぽってり唇に濃いめのルージュをひいて、妖艶さ20%アップで修行中なのである。これは大変だよ。おそらくレイがやって来るなり、お山にいた修行僧たちは「うあぉぉぉぉぉぉぉぉう!」ということになったのではないだろうか。「何でも相談に乗ってあげるよ」としつこく食い下がる先輩や、逆に妙につらく当たる人や、とりあえず更衣室をのぞく人とか、とにかく常にギラギラする視線にさらされていたのだと思う。で、レイのことだから、そんな視線を歯牙にもかけずにクールに対処してきたんだろうけど、やっぱり大変だったろうね。私はここで、映画『野球狂の詩』(1977年、日活、加藤彰監督)で、東京メッツに入団した水原勇気(木之内みどり)を連想している。メッツの合宿所に来てからは、入浴中も寮長の武藤(鶴田忍)が、いきなりガラッと風呂場の戸を開けて指導しに来たりするのである。いや話が脱線したが、そういうことがレイの身の上にもあったはずで、さすがに気の強い彼女も、これまでの女子校生活とはぜんぜん違う環境の変化に、さぞ落ち着かなかったことだろう。そういう心労も一段落ついて、ようやく静かな気持ちで修行できるようになった、というあたりで、この物語は始まるのだ。

3. 別々の道を歩き始めても<美奈子>


うさぎの家のテレビに映っている「HOTも〜にんぐ」という番組では、ロンドン在住の美奈子が、イギリスで最も優秀なミュージシャンに贈られる「グリッター賞」を、日本人として初めて受賞したと報道している。英米の主要な音楽賞というと、グラミー賞、ブリット・アワード、NMEアワードといったあたりだ。これらの授賞式はだいたい2月から3月の間に行われるが「グリッター賞」はもうちょっと遅いみたいですね。
これは快挙だ。たとえば映画の監督とかスタッフが国際的な賞を受賞することはある。前回のカンヌで受賞した河瀬直美監督とか、北野武監督とか、宮崎アニメとかね。ところが同じ映画の世界でも、俳優部門になると事情は大きく変わる。今のアカデミー賞は、東洋人の俳優を、ほとんど受賞の対象として考えていないと思う。たとえば第60回(1987年)では、清朝最後の皇帝、溥儀の生涯を描いたベルナルド・ベルトルッチの『ラストエンペラー』が、作品賞・監督賞・脚本賞・撮影賞・美術賞・衣装デザイン賞・編集賞・作曲賞・録音賞と、ほとんどの部門を総なめにして、作曲賞では坂本龍一が受賞したが、俳優部門では、主演のジョン・ローン(尊龍)もお后役のジョアン・チェン(陳冲)も、受賞どころかノミネートすらされなかった。同じことは第73回(2000年)の台湾映画『グリーン・デスティニー』にも言える。外国語映画賞・撮影賞・作曲賞・美術賞を受賞し、作品賞・監督賞・脚色賞・歌曲賞・衣装デザイン賞・編集賞にノミネートされていながら、出演した俳優たちは、 チョウ・ユンファ(周潤發)もミシェル・ヨー(楊紫瓊)もチャン・ツィイー(章子怡)も、ノミネートさえされていない。要するにアジア人俳優を、欧米人と同じ土俵で比較するという意識がハナからないのだ。最近、渡辺謙や菊池凜子がノミネートされたというのは、そういう意識がようやく少し変わってきた、ということなんじゃないかと思う。これがきっかけで、いよいよ近い将来、日本人から久しぶりアカデミー賞俳優が誕生するんじないだろうかと、個人的には期待してます。
また話が脱線したが、比較的評価の高い映画界でもそういう状況なので、まして日本のミュージシャンがパフォーマーとして国際的な賞を獲るというのは、すっごく難しい話だ。だいたい現実にあった例って、シンセサイザー奏者の喜多郎が、グラミー賞のニューエイジ部門ノミネートの常連で、第43回(2001年)に受賞している、っていうくらいじゃないだろうか。あとは2002年のMTVアジアアワードで、浜崎あゆみが「アジアで最も影響力のある歌手」として特別賞を受賞したとか、2006年のMTVアメリカで、ヴィジュアル系バンドDir en greyのプロモーションビデオが「視聴者が選ぶPV音楽賞」グランプリを獲得したとか、分かったような分からないようなものばかり。
だから愛野美奈子がヴォーカリストとして「イギリスで最も優秀なミュージシャンに贈られる賞」を贈られたというのは、これは非常にたいへんなことだ。おそらくものすごいヒットを飛ばしたのではないだろうか。
『Special Act』でうさぎが観ているテレビのワイドショーでは、BGMに「Happy time, Happy life」が流れている。私は以前愛野美奈子全曲解説を書いたとき、この曲はこの段階で、つまり2008年の春にCDリリースされた新曲だろうと推定していた。でも改めて、クリスマスソングっぽい曲のイメージとか考えると、この曲は前年の後半、つまり2007年の冬に発表された曲で、それが爆発的な大ヒットとなって「グリッター賞」受賞につながった、ということなのかなあとも思う。そうだとすると、この「Happy time, Happy life」が、どのくらいのヒットだったか、という点も気になるところだ。
これまで日本人のポップシンガーが歌った曲で、欧米でいちばんヒットしたのは、もちろん1963年の坂本九「上を向いて歩こう」(ビルボード最高位1位、1963年年間ランキング10位)だが、まあこれは別格中の別格だ。それ以外では1979年、ピンクレディーの全米デビュー曲「KISS IN THE DARK」(ビルボード最高位37位)ですねやっぱり。あとは1990年、Seiko(松田聖子)「The Right Combination」(最高位54位)くらいか。2004年にUtada(宇多田ヒカル)が出した『EXODUS』は、アルバムチャートの160位だった。そういう風に考えると、ピンクレディーって偉大である。うちの妻の世代だと、ほぼ全員が振り付けをマスターしているくらいだ。愛野美奈子は、その四半世紀以上にわたって破られなかった記録を「Happy time, Happy life」で大幅に破り、あの聖子さえも及ばなかった「海外で最も成功した日本のアイドル(セクシー入り)シンガー」の座を、ピンクレディーから奪ったのである。ピンクレディーから愛野美奈子へ。これは本当にすごいことだと思う。

4. 別々の道を歩き始めても<まこと>


やべぇ。くだらないことをダラダラ書いていたら、ぜんぜん話が進まない。今年いっぱい『Special Act』レビューになっちゃったりして。先を急ごう。
まことは、あこがれのフラワーアレンジメントの仕事につけるように、猛勉強中だそうである。何をどう勉強しているのでしょうか。というか「フラワーアレンジメントの仕事」なんて言われたって、私なんか花屋さんか假屋崎省吾くらいしか思い浮かばないが。
冒頭のまことは、うさぎのために結婚式のブーケをデザインしてやっている。そういうブーケやコサージュのデザイン、それにレストランやホテル、ギャラリー、イベント会場などを生花で演出する専門家をフラワーデザイナーと呼ぶらしい。日本では、1967年に社団法人日本フラワーデザイナー協会(NFD)という組織が設立されて、ここから「フラワーデザイナー資格」が出されている。たぶん、伝統的な流派の華道で師範になっているとか、そういう資格では対応できない、モダンなタイプの仕事が増えてきたのが、この頃なのだろう。フラワーデザイナーは1級から3級まであって、3級の受験資格は18歳以上で、NFD公認の短大や専門学校などで、だいたい40単位くらいの規定の科目を履修してから、試験(課題のアレンジとかブーケを制作する)に合格すれば資格が取得できる。2級と1級は、それぞれ、その下の級を取得して1年以上経った人が受験資格をもつ。1級を取得すれば高いスキルの証明となり、結婚式場やフラワーショップなどへの就職に有利。経験を積めば、独立することもできるんだって。まことがめざしているのは、これかな?
もうひとつ、厚生労働省の方でやっている「フラワー装飾技能検定」という国家検定がある。これは「パーティ会場の飾りつけ、ブライダルブーケ製作や、その他花の装飾作業に関する知識・技能を証明する資格試験」だそうである、まあだいたい、似たようなものだ。さらに民間のフラワーデコレーター協会(FDA)という組織もあって、ここはフラワーデコレーターの資格を出している。フラワーデコレーターっていうのは「フラワーデコレーションの基本デザインやカラーコーディネート、花の選び方などの知識とスキル、そして感性と創造力、表現力をそなえ、花に関する分野で活躍できる実力をもつ花の専門家」だそうです。他にも色々あるが、どうもNFDのフラワーデザイナー資格と、民間FDAのフラワーデコレーター資格というのが、それなりに権威があるというか、ボクシングでたとえるとWBAとWBCのようなものらしい。なぜボクシングにたとえなきゃならんのか、なんて訊かないでくださいね。こう言っちゃ何だが、たかだか花のデザインに、なぜこんなに資格があるのか分かりませんね。まあとにかく、おそらくまこちゃんは、こういうののどれかを目指して、花屋でバイトしながら、専門学校かなんかに通っているのである。がんばってください。

5. 別々の道を歩き始めても<うさぎ>


最後はうさぎだ。家事手伝い兼、花嫁修行中。来週結婚します。しかし主役に対して申し訳ないが、この人については、そんなに書くこともないや。厚生労働省の人口動態統計によると、2005年(平成17年)現在の平均初婚年齢は、夫29.8歳、妻28.0である。やはり10代での結婚というのはけっして一般的ではないわけで(当たり前だ)そうすると、いま現実の日本でそういうカップルがどのくらい存在するのだろう、という点に興味も感じますが、調べてもよく分かりませんでした。
ただそれとは別に、気になる数字が出てきてしまった。最近ではウルトラマンコスモスの杉浦太陽くんと辻希美さん(当時19歳)のケースが有名だが、ある産婦人科が自分のところで採った統計によると、20代前半で出産した女性の58.3%、そして未成年で出産した女性の実に81.7%が、いわゆる「できちゃった婚」による出産なのだそうである。18くらいの女の子が「結婚します」という場合、かなりの確率で、すでにお腹のなかには赤ちゃんがいると考えて良いようなのだ。
この『Special Act』のオープニング・タイトルで、うさぎと衛がトイザらスに入っていくシーンがある。ここはちょっとドキッとするね。しませんか?「えっえっ、なんでそんなところに?ひょっとしておしゃぶりとかベビーベッドとか買うのか?ということは、無邪気なようで、もう、うさぎはハラんじゃってるのか!?」と、観ているこちらはあわてふためく。でも、何のくったくもなく赤ん坊の人形を取り上げて衛に見せたうさぎが、ハッと気づいて、お互い照れたようにうつむく、というシーンが次に来るので「大丈夫だ、できちゃった婚じゃない」と我々はほっと胸をなで下ろすのだ。なぜ胸をなで下ろすのかはよく分からないが。そういう、ちょっとハラハラさせる演出になっている。違うか。


と、5人の「いま」が描かれて、「ついに来週、私たち、結婚します!」の報告とともに、『美少女戦士セーラームーン Special Act』のタイトル。バックに流れるのは「Here we go! 信じるチカラ」。本編ではAct.36のデートのシーンに流れていた曲だ。
キャラクターソングについては、基本的に1曲は役柄のイメージ、もう1曲は演じている本人たち自身のキャラクターに近いイメージで作られた、という。亜美の「約束」と「Mi Amor」、レイの「桜・吹雪」と「星降る夜明け」、まことの「ラブリー・エール」と「Miracle Dance Night」と対比してみれば、確かに何とな〜くそういう違いはあるように思う。でもうさぎの場合は、「オーバーレインボー・ツアー」も「Here we go! 信じるチカラ」も、うさぎちゃんそのものであって、沢井美優ではない。この辺が沢井美優のすごいところで、梨華にせよ北川景子にせよ安座間美優にせよ、ドラマで役柄を演じていても、どこかに梨華や北川景子本人の顔をのぞかせるのに、沢井美優はそういうことがない。セーラームーンに出ている間はうさぎちゃんと一体化してしまっていたので、スタッフも「月野うさぎのための歌」とは別に「沢井美優のための歌」を作ることはできなかったのである。
そんなふうに、沢井美優が月野うさぎでいられる時間も、あと残り少し。演ずる側、観ている側の様々な想いを乗せて「Here we go! 信じるチカラ」が流れて、いよいよ『Special Act』の始まり始まり、である。(つづく)



繰り返すが、あれから4年だ。沢井美優さんは本日、成人式を迎えられるわけですね。おめでとうございます。実り多い年でありますよう。