1. これでよし
みなさんご覧になりましたか、『家売るオンナ』第1話。面白かったですよね。
北川さん演じるヒロインは「私に売れない家はない」と豪語する不動産屋の営業担当で、実際どんな難しい物件でも、彼女にかかれば必ず買手が見つかり、契約までこぎ着けてしまうという凄腕だ。おまけにすごい美人。でも無愛想なうえ、職場での協調性はゼロで、仕事のできない同僚には、コンプライアンス無視でパワハラまがいの指令を飛ばす。そしてプライベートは謎だらけ。
という基本設定にさして新味はない。ジャンルとしては「ゴルゴ13みたいに絶対に失敗しないクールでプロフェッショナルなスーパーウーマンが主人公の各種業界もの」のヴァリエーションだ(何か手ごろな呼び名はないのか)。天海祐希の『女王の教室』(2005年)や松嶋菜々子の『家政婦のミタ』(2011年)ほどダークではなく、米倉涼子の『ドクターX 外科医・大門未知子』(2012年)よりはキャラクターがコンパクトで、う〜ん、篠原涼子の『ハケンの品格』(2007年)あたりが近いかなぁ。あるいは、チーフプロデューサーが伊藤響、日テレアックスオンのプロデューサーが柳内久仁子ということで言えば竹内結子の『ダンダリン 労働基準監督官』(2013年)と同系統、脚本が大石静であるところからすれば『お天気お姉さん』(2013年)の流れを汲んでもいる。ジャンルを離れてミステリまで視野を広げると、多部未華子の『ドS刑事』(2015年)なんかのテイストも感じる。まだ手つかずの業種を探したら不動産屋があった、という感じか。
……と、みなさんそれぞれに連想する先行作品があったのではないだろうか。一方、これまでけっこう多彩な役を振られてきたヒロインの北川さんにとっても、これは特に新境地の開拓となるような仕事ではない。いや私は批判したいわけではない。それで良し、と言いたいのだ。全体的に「どこかで観た北川景子の表情」の集大成みたいなところがあったが、それでいい。
女優としての北川景子は『巨人の星』の主人公と同じで、持ち球が速球一本のくせに球質が軽い。ストレートだけではいずれつかまってしまう。そこで魔球の開発となる。北川景子の「さばモグ」演技とは星飛雄馬の大リーグボールにあたるのだが、この大問題についてはいずれまた議論したい。
いずれにせよムダに力のこもった変化球ばかり投げていると、わずかな女優生命で肩を壊してしまう。このあいだの『探偵の探偵』でけっこう芝居の幅を広げたところなので、今回はあまり無理をせず、既存の持ち球のバリエーションで上手に試合を運んでくれれば、我々としてはそれで良いのである。リラックスして臨んで欲しい。こういうとき頼れるディレクターはテレビ朝日の片山修だが、今回は日テレだからいない。残念だ。
とにかく『家売るオンナ』が、「北川景子らしいなあ」とみんなが思う主演作品として成功するよう祈ります。第1話の視聴率は12.4%とのことだが、実は同じプロデューサーの『ダンダリン』も同じ脚本家の『お天気お姉さん』も、初回はフタ桁に乗せたけどそれから苦戦しているので心配です。当サイトは今回の目標値を『ダンダリン』(初回11.3%、平均7.5%)以上とする。平均8%を超えたら大成功だ。
あと工藤阿須加。彼は4年前の同局の北川さん主演作『悪夢ちゃん』では「職員室の先生の一人」で、北川景子、ますだおかだの岡田、濱田マリ、川村陽介といった面々の背景として、セリフも役名もなく(なかったと思う)ウロウロしていた。
それが今回は堂々たる北川さんのパートナー、同僚の庭野聖司の役で、ドSの北川さんにこき使われている。みごとな出世で目頭が熱くなった。
とりあえずそんなところで。では本編の『黒い樹海』レビューの続きへ
万 智「GO!」
……っても例によって、もうだいぶ時間がなくなってしまったあ。
2. 役者は揃った
いよいよ大詰めだ。人の気配がしない高級クラブ『ラファエル』。人払いして、完全に貸し切りの状態にしているらしいが、店の人の気配すらしないのはどうか。でもいつの間にか酒瓶とか氷とかはテーブルに並べられていて、西脇医師(沢村一樹)はアイスピックで氷を砕きながら、事件の真相を祥子に告白する。
西 脇「君のお姉さんを旅行に誘ったのは僕だ」
祥 子「では、姉とあのバスに乗っていたのは……西脇さんなんですか」
西 脇「ああ」
「前の方に座っていたはずの姉は、なぜ事故の瞬間には最後部座席にいたのか?」「姉を身元不明にするために姉のカバンから抜き取ったはずの、財布やカードや身分証明書入りセカンドバッグを、誰がなぜ警察へ届けようとしたのか?」「町田和枝はなぜ殺されたのか?」これまで追求してきた様々な謎の行き着く先は、すべて「姉の信子は誰と信濃大町にバス旅行に出かけたか」というひとつの疑問に行き着く。と思っていたら、西脇セクスィー医師の方からあっさり告白した。どうしてだ。
一方、祥子の身を案ずる吉井が「ラファエル」の前に車を停めて様子をうかがっていると、見おぼえのある人影がやって来る。
経済評論家の妹尾(鈴木浩介)だ。ドアマンの外国人とも顔見知りのようで、「よっ」と手を上げて中に入ろうとするが、なぜか「今夜は貸し切りだから入れない」と入店を拒まれる。いかにも心外といった様子で押し問答になったところで、吉井が動く。
妹 尾「おい入れろ!」
吉 井「経済評論家の妹尾郁夫さんですよね」
╳ ╳ ╳
妹 尾「おかしいですよ。メンバーなら当然入れるはずなのに」吉 井「実は僕の同僚の女性が西脇さんに誘われて中に……」
妹 尾「その女性って、事故で亡くなった笠原信子さんの妹さんでは」
吉 井「どうしてそれを?」
妹 尾「やっぱり……」
妹尾は店の中にいる西脇に電話をかける。
しかし西脇医師は家族からの電話と偽ってそれを無視する。
西 脇「女房です」
西 脇「この間うちにいらしたからお分かりだろうけど、僕は婿養子でね。あの女房に縛りつけられている」
西 脇「どこにいても僕をこうやって監視して縛り付けようとする。ちっとも会話にならん」
祥 子「その腹いせに姉を愛人に?」
西 脇「ま、そう思われても仕方ないか」
西 脇「もういい加減そんな暮らしにうんざりしていてね、そんなとき、君のお姉さんと出会ったんだ」
祥 子「姉は私が知る限り、ここ何年も男の人と深くお付き合いしたことはありませんでした」
(アイスピックで氷を砕く音)
祥 子「あの、お手洗いに」
西 脇「どうぞ」
もちろん手洗いというのは口実で、吉井と連絡をとるのが目的である。
バレバレなんだけど、西脇医師はもう、何か達観したような表情で祥子のやりたいようにさせる。
祥子もちょっと物陰に隠れたところでスマートホンを取り出し、ほとんど隠す気がなさそうにも見える。まあしかし、トイレの個室に入って便座に座って電話するって言うのでは、画ヅラ的にちょっとな。これはしょうがない。
祥 子「もしもし」
吉 井「もしもし、どうなってる?……今?ラファエルの前だけど」
祥 子「店の前にいる門番の人に聞いて、確かめて欲しいことが」
吉 井「え?何?……うん」
祥子の依頼は、12月22日の夜、このラファエルに町田知枝と一緒に来た客は誰かということ。この日、西脇医師の出版パーティーに向かおうとする直前に、町田知枝は何者かからの電話を受けた。
知 枝「はい、はい……え、いまからラファエル?」
知 枝「分かった。行く。私も話あるし」
╳ ╳ ╳
知 枝「お姉さんがあんなことになってしまったのには、責任をとるべき人がいる」
ラファエルに今から行く、というのが、祥子だけが知っている彼女の最後の消息である。祥子は一人でパーティー会場に向かい、西脇医師に初めて出会った。
祥 子「花山と申します」
西 脇「……花山さん……」
そしてその夜、知枝は最後まで姿を見せず、翌朝首つり死体で発見された。
つまり町田知枝の死に関して西脇医師はアリバイがある。姉の信子と不倫旅行に出かけたのは自分だという西脇医師の言葉を信じるにしても、もう一人、12月22日夜にこのラファエルに知枝を呼び出し、自殺に見せかけて絞殺した人物がいるはずだ。それが誰なのか「店の前にいる門番の人に聞いて、確かめて欲しい」というのが祥子の急ぎの依頼であった。
いやしかしそんな個人情報、簡単に教えてくれるわけないだろ、と思うでしょ普通は。でも吉井はすぐに車を飛び出して、ドアマンを直撃する。
妹 尾「どうしたんですか?」
何も言わずに飛び出した吉井を、不安そうな面持ちで見送る妹尾。
それにしてもただでさえコンプライアンスの遵守が叫ばれる昨今なのに、しかもここ会員制クラブなのに、このドアマンは顧客の個人情報を門前でペラペラ教えてくれちゃうのである。いいのか?
ドアマン「町田知枝?」
ドアマン「確かにここの会員だ」
吉 井「12月22日に彼女はここに来たはずだ」
ドアマン「12月22日?」
ドアマン「確かに来ている」
吉 井「その時に一緒だった人わかる?」
そう、その人こそが町田知枝を自殺に見せかけて殺した犯人に違いない。
でもさっき振り返って観たように、町田知枝は電話で呼び出されたとき「今からラファエル?……行く」と言っている。こういう場合、ふつう店の予約は呼び出した方の名前で入れておくべきものではないだろうか。それに、会員制のバーだからって、同伴する連れ合いの名前まで登録しなきゃならんものなのか。まあ私、会員制の飲み屋なんて使ったことないから分からないけど。
終盤へ来て、だんだん詰めの甘さが目立つようになってきた脚本だが、まあいいや。ここでその名前を確認した吉井は、折り返し祥子に電話する。
祥 子「もしもし、分かった?」
祥 子「えっ!」
吉 井「おそらく町田さんは、そいつに自殺に見せかけて殺された」
吉 井「きっと斎藤常子も、マンションの管理人さんも……どうする?」
祥 子「もう戻らないと怪しまれる」
吉 井「了解」
というわけで、少なくとも犯人の目星がついた祥子は、いよいよ自らの手で事件の幕引きをする決意を固める。こういうときのキリッとした表情が、女優・北川景子の醍醐味ですね。
3. お前が犯人だ
そして西脇医師も、明らかに今は、祥子の手で真相がすべて明らかにされることを待ち望んでいるように見える。くたびれきったその表情に、12月のパーティーのとき、若い女性とはしゃいでいたプレイボーイの面影はない。いや、あの時だって本当の表情はチラッとさらしていたのである。
西 脇「僕は結婚しているんですけど、子供がいないんですよ」
西 脇「小児科医だっていうのに子供を育てた経験がない……笑えるどころか、笑えませんよね」
大病院の婿養子に入って院長の座を得たけど、望まれていた子宝にめぐまれず、嫁の尻に敷かれっぱなし。気晴らしに新聞の文化欄で「親だからわかるこどもの心」なんてエッセイを連載したら、思いのほかの評判で本にもなった。でも奥さんは、マスコミ向けには良い顔を見せるけど、内心では、自分の子供も作れないくせに子育て論をベストセラーにしちゃう養子のダンナを軽蔑している。そんな妻にガツンと男らしいところも見せてやれず、言い寄ってくる若い女の子と、チャラいイケメン院長としてアバンチュールを楽しんでささやかな溜飲を下げる。そんな西脇医師の前に現れたのが、知的で教養もある(そして胸も大きい)担当編集者の小池栄子だった。
だから君のお姉さんとは決して遊びじゃなくて、私は本当に君のお姉さんが心のオアシスだったんだよ〜……とセクスィー小児科医は言いたいんだろう。このあたりからだんだんと西脇医師の思いが明らかになってくるが、そのへんはもうちょっと後で。今はもう、全てを終わらせたくて投げやりになっている。
西 脇「さぞかし君は僕を軽蔑しているんだろうね」
祥 子「斎藤常子さんに姉のハンドバッグを渡したのはあなたですね。どうして?」
祥 子「どこかに捨ててしまえば、もっと身許確認を遅らせることができたはずなのに……」
西 脇「そうだね。僕もそう思った。」
ではなぜ……というのが、祥子にとっては最も知りたい疑問であるが、その答えはちょっとお預け。ここで場面は店の外に換わる。祥子との電話連絡を終えた吉井が動き出す。まずは車に戻り、待ちぼうけをくらわせた妹尾に報告。
吉 井「とんでもないことがわかりました」妹 尾「どうかしましたか?」
吉 井「僕らの同僚の町田知枝さんが自殺したことは?」
妹 尾「ああ聞いてはいますが」吉 井「彼女は口封じのために殺されたようです」
妹 尾「口封じ?」
吉 井「あの日あのバスに乗っていた西脇さんと信子さんを観てしまったんだ」妹 尾「やっぱりそうか。僕ももしかしたらと思っていました」
吉 井「で?」
妹 尾「西脇は東都新聞の笠原信子さんと深い関係になっていたのは聞いておりました。きっとそれが町田さんにばれてしまってゆすられたか……それで」吉 井「じゃあ、それが妹の祥子さんに知れたら」妹 尾「確かに危険です」
場面は再びラファエル店内。こちらでも祥子が動きだす。
祥 子「さっき外にいる人に連絡をしました」
祥 子「外にいる二人を入れて」
祥 子「あなたが西脇さんに買収されていた事は警察には伏せておきます」
買収の事実を指摘され、しぶしぶ吉井と西脇を店内に入れてやるスティーブン。これなんで外人なのか。まあ外国人のドアマンがいれば「会員制」とか「一見さんお断り」とか断り書きをしなくても普通に入りにくいから、客を選びたい高級クラブとしては便利なのか。
あるいは、松本清張の原作にはバウエルというアメリカから来た商社マンが登場する。西脇医師の飲み友達で、横浜のバー「ラファエル」の常連で、青い目をしているのに流暢な日本語をしゃべっていろいろ活躍するが、今回のドラマでは一切省略されている。それで脚本家が無意識のうちに外国人キャラをここに出した、とも考えられる。ちなみに演じているのは、エンドクレジットによるとスティーヴン・S(Steven S.)という方。スピルバーグかよ。オレナ・シュペレヴァさん(Act.10のエストア国王女)なんかと同様、たぶんプロの俳優とかではなくて、調べても不明だと思う。
こうして吉井と妹尾もラファエルに入り、四人が店内に揃った。いよいよクライマックス、謎の解明であるが、この顔ぶれを見て消去法で真犯人を選ぶとなると、もう選択肢はそんなにないよな。じゃあさっさといこう。
祥 子「私をここに呼び出して殺すつもりでしたか?」
祥 子「答えて下さい」
祥 子「妹尾さん」
吉 井「どうなんだ?」
そう、町田知枝(酒井若菜)を自殺に見せかけて絞め殺し、上京した斎藤常子(江口のり子)を、迎えの車を装って連れ出して河川敷で殺し、管理人のおばさん(室井滋)を事故に見せかけて石段から突き落として殺したのは、経済評論家の妹尾郁夫(鈴木浩介)だったのだ。
と、ついに真犯人が明らかになって、ここから先の真相解明は、事件のあらましはおおむね松本清張の原作どおりながら、キャラクターの行動と心理に現代的な工夫を盛り込んで、昭和30年代、生き馬の目を抜く高度成長期に書かれた原作とは相当に違う味わいのエンディングに着地していくことになる。いよいよ先が見えてきたところで、申し訳ないが今日はこのくらいが限界だ。ではまた。