実写版『美少女戦士セーラームーン』ファンブログ


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【第546回】DVD第4巻:Act.13の巻(4)


 河辺千恵子改め越智千恵子改め河辺千恵子のブログが久しぶりに更新されていたが、インスタグラムが貼りつけてあっただけ。まんま転載します。



確かな自信が持てるように 自分らしさを引き出せるように 目標を持って前に進んでいます。 今流れている時間が今後の自分や未来に 少しでもプラスになるよう 無理せずマイペースに コツコツと自分を信じて貫いていけたらと思います。(2015年12月7日)


 さていつものいいわけ。今週末も土・日とキッチリ仕事で埋まってしまい、土曜の夕方に入れていた歯医者さんの予約を泣く泣くキャンセルして来年まで延ばした。これで2回目。そんななかでのブログ更新なので、今回も短くなること必至。みなさまご了解ください。




 次の週末の予定も未定であります。はたして私は次の土曜、金山clubSARUのVIC:CESSワンマンに参加できるのであろうか。夜ならまあ大丈夫なんだけど、午後3時かぁ。がんばります万丈。

1. 掟上さんが終わった



 などとぼやきつつ『掟上今日子の備忘録』最終回を観た。よかった。
 実は最終回にはあまり期待していなかった。原作は(まだ一冊目を途中まで読んだだけだが)シリーズ継続中で、現時点で根本的な謎は解決していないらしい。つまり「主人公はいつから忘却探偵になったのか?」とか「彼女の部屋の天井に謎のメッセージを書いたのは誰か?」などの部分はドラマでも解決がつかない。だからどうしても物足りない結末になるだろうけど、まあしょうがないか。




 あらかじめそういう気持ちでいたのが良かったのかもしれない。なかなかの最終回でした。途中のエピソードでいくつかばらまかれた伏線(「主人公は何日徹夜できるのか?」とか「ワトソン役の岡田将生が書き始めた備忘録はどう役に立つのか?」とか「トンネルみたいなところを逃げまどうフラッシュバックは何なのか?」とか)がぴたりと決まって、私は思わず「なあるほど」と唸ったね。



 加えて恋愛ドラマとしての着地の仕方が申し分なかった。「根本的な謎は解明できないけど、代わりに主人公ふたりの恋愛関係の行く末には、それなりにきちっと落とし前つけますよ」という脚本家の声が聞こえてきそうな、納得のいく結末だった。良いお話を観せていただきました。




 不満があるとすれば最終回に神保悟志の姿が見えなかったことと、最終回クライマックスで、仮面ライダーG3(要潤)と仮面ライダー4号、失礼しました、仮面ライダー3号(及川光博)が変身対決しなかったことぐらいだけど、まあ内田理央がアクションやってたから許すわ。



 このドラマの設定が、偶然だろうけど『sh15uya』の裏返しになっていることは以前にも書いた。『sh15uya』は、記憶をリセットされたレヴ(ツヨシ)がエマと再会するところから物語が始まったが、『掟上今日子の備忘録』では、ヒロイン今日子の方が記憶をリセットされて、厄介がそれをフォローする。



 もうひとつのポイントは、これもチラッと書いたけど、岡田将生と佐藤東弥。佐藤監督が昨年、同じ日テレ系で撮った『ST 赤と白の事件ファイル』では、岡田将生は渡部篤郎がマスターをやってる店のカウンターに出入りしていて、その関係性が今回、及川光博のマスターと岡田将生にトレースできる。



 加えて、岡田将生の百合根(『掟上今日子』の第1話にそういう名前の容疑者が出てくる)の相手役は赤城(藤原竜也)だったが、赤城は対人恐怖症で、何かあると「ガッキーくん」というキャラクターの着ぐるみに引きこもる。この「ガッキー」というネーミングが、岡田将生の次回作のパートナーを暗示していたとは、さすがに読めませんでした。


2. もっとドラマを観たかった


 それから評判だった『エンジェル・ハート』も第4話まで観ましたが、う〜んちょっとこれはどうも。



急いでフォローすると、役者さんたちのビジュアルはすごくいい。演出の雰囲気も悪くない。お話はベタだけど、ベタであること自体が罪だとも思わない。じゃあ何が駄目かというと、要するに素材が生々しい。妙にリアリティを感じて、フィクションとして楽しめないわけですよ。



 第3話は、新宿の雑居ビルに暮らす少女(渡邉このみ)の話。この子は、半年前から行方知れずの母(山田キヌヲ)を待ちながら(実は仕事帰りに心不全で倒れ、身元不明死体として処理された)汚れを知らないスラム街の天使として清く貧しく生活している。でもこれ、娘を小学校にもやらず(やれず)手もとにおいて日雇い生活に出かける住所不定のシングルマザーが過労で倒れて死んじゃって子供が独り残される……なんてドキュメンタリー番組にもなりやすい、最近じゃちょっと生々しい話じゃないですか。いろいろなことを考えてしまう。それなのに作品のフェイズは純然たるフィクションなのだ。そこがちぐはぐで。



 次の第4話も駄目だった。もともと『エンジェル・ハート』の基本設定は「記憶転移」である。臓器移植によってドナー(臓器提供者)の性格や記憶がレシピエント(移植を受けた患者)に乗り移る現象は、擬似科学やフィクションの世界ではいろいろある。貫井徳郎の小説『転生』(1999年)とか、ボニー・ハント原案・脚本・監督・主演のロマンティック・コメディ『この胸のときめき』(2000年、アメリカ)は心臓移植。唐十郎の『豹の眼』(1985年)は、寺山修司の演劇論『臓器交換序説』に捧げられた戯曲で、角膜移植手術を受けたら、知らない女(ドナーの恋人)の幻覚が見えるようになった男の話だった。あと何だろう、手塚治虫『ブラック・ジャック』をすみずみまで読めばいろいろ出てきそうだ。
 でもそれはあくまで、本来はあり得ない特異現象という扱いのはずだ。『エンジェル・ハート』の場合、ヒロインの美しい殺し屋、香瑩(三吉彩花)とシティハンター槙村香(相武紗季)の心臓という、特殊な組み合わせが響きあって、香瑩のなかに香が生きることになった。




心臓を移植されれば誰でもそうなるというもんじゃない、そう思っていた。ところがこの第4話では、やはり心臓移植を受けたIT社長が出て来て、やはりドナーの人格と記憶をよみがえらせるのだ。つまりこの作品世界のなかでは、臓器移植にともなう記憶転移は「よくある現象」なのだろう。




 このあたりがちょっと乗れないんだよね。移植による記憶転移というメタファーは「心臓移植を受ける人は、ドナーと二人分の命を生きることを自覚しなければならない」というメッセージを視聴者に訴える。でも別にクライアントは、進んで二人分の命を引き受けたいわけではない。他の様々な病気の患者と同様、たんに自分の心臓病を治したいだけなのだ。もちろんドナーに対する感謝の気持ちはあるだろうし、あるいはドナーの分まで生きようと思ったりもするだろう。でも外から「アンタは二人分の命を預かるんだ」とプレッシャーをかけるのは、ちょっとアンフェアじゃないだろうか。
 まあいいや、以上、あくまで個人的な感想である。なにしろ心臓移植はドナーの脳死が前提になるから、いろいろ考えてしまうんですよね。そのせいでとうとう視聴しつづける気が萎んでしまった残念なドラマでした。でもみなさんの中には逆に『エンジェル・ハート』は大丈夫だったけど、『掟上今日子』の「毎日記憶がリセットされる」という記憶障害の問題は見過ごせない、なんて方がいらっしゃるかもしれないしね。
 ともかく、この秋から冬は、きちんと観ることができなかったけど、ほかにも『5→9』『コウノドリ』『下町ロケット』と、私の周りの人が誉めているドラマが多くて、わりと豊作シーズンだったのではないでしょうか。
 いかん本題に入る前に長く書きすぎた。


3. 亀の消失



 夜空に月のアップから、地場衛のマンション。この人もまた記憶の障害に悩まされている。でもそれが前世の記憶であるとはまだ気づいていない。




ゾイサイト「マスター……エンディミオン……」



衛のM「プリンセスとエンディミオン……」



衛のM「何かがありそうなのに、思い出せない」




衛のM「あの記憶は一体何なんだ」


 と、そこで携帯が鳴る。こういう古典的携帯もあまり見なくなったね。
 アニメ『セーラームーンSuperS』のエンディングテーマ「らしくいきましょ」(1995年)には「泣きたいときにはポケベルならしてよんで」という歌詞があった。「ポケベルNightは5643#」(1994年)って曲を知っていますか?ミュージカル初代セーラームーン(大山アンザ)とマーキュリー(森野文子)のユニット「MOMO」の曲である。



 これほどさようにポケベルというものは盛んであったが、10年後のこの実写版セーラームーン(2003年〜2004年)では携帯に移行している。そしてそれからさらに10年たったので、やはりそろそろスマートフォンで変身するセーラームーンを制作してくれないものかな。



 衛 「もしもし」
古幡の声「衛……。俺、もうどうしたらいいのか……」



 衛 「元基? おい、どうした。元基!」



ということで、ようやく今回のお話が本題に入ります。



 クラウンのドアが開き、入ろうとしたうさぎはその場に固まってしまう。




 カウンター周辺が尋常ではない散らかり方だ。



 店内に入っていくうさぎ。
 台本ではすぐに衛がクラウンに入ってくるのだけれども、ここらへんから完成作品は台本とちょっと変えてある。怪しい気配にうさぎがおそるおそる振り向くと、亀吉を失って抜けガラのようになった元基がケレン味たっぷりに登場。








うさぎ「あ……」



古 幡「もうダメだ……」



うさぎ「どうしたの?」
古 幡「亀吉が、亀吉がいなくなった!」
うさぎ「え!?」



古 幡「水槽の掃除をやってやろうと思って、亀吉をバケツの中に入れておいたら、いつの間にか、バケツが倒れてて……」



古 幡「もうダメだ……おれはおしまいだ」



うさぎ「ちょっと……一緒に探してあげるから、ね、ね?」


 うさぎちゃん、可愛いですね。と、そこへ飛び込んできたのが衛。



衛 「元基!」




 恥じらいの表情で衛と目をあわせられないうさぎ。
 復習すると、この時点でうさぎはまだ、タキシード仮面の正体を知らない。ずっとタキシード仮面にあこがれていたんだけど、Act.7の遊園地デート以来、なんか地場衛が気になってしかたがない。それを自覚したのがAct.10で、ママとケンカして家出して、クラウンにやって来たんだけど、衞がいたので気後れして店に入れなかった。それ以来の出会いだ。ちょっとAct.10をひさしぶりに観なおしてみますか。



うさぎ「えっ!?」



うさぎのM(なんでこんなとこに)


╳    ╳    ╳



うさぎ「何すんのよ」



 衛 「これ以上はぐれたらたまんないからな、行くぞ」
うさぎ「うん……」


╳    ╳    ╳


古 幡「うさぎちゃん!俺これからちょっと用事あってさ、衛に留守番、頼んでんだ」
うさぎ「あっ、そうなんだ」



 衛 「何時間ですか?」



古 幡「あぁ、いいのいいの。うさぎちゃんは年間パスだから、ね」



うさぎ「ううん。やっぱ止めとく。じゃあ」



うさぎのM(なんだろう、なんかダメ……)


 ふふ。みんな若くて初々しくていいですね。
 さて話を戻す。台本では、ここで配達にやってきた酒屋が「あの、亀ならさっき外で」と声を掛ける、という展開になっているのだが、舞原監督はここで衛を登場させたわけですね。



 衛 「元基!」



 衛 「亀吉らしい亀を見たって言う人がいたぞ」



古 幡「えっ、どこで?」


ということで、本日これまで。