実写版『美少女戦士セーラームーン』ファンブログ


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【第535回】終幕!北川景子『探偵の探偵』第11話の巻



 2015年9月19日、ほぼ10年ぶりくらいでセーラームーンミュージカルを観た。私はセラミュを一人で観に行く度胸のないチキン野郎なので、今回も昔みたいに、娘につきあってもらった。10年前は小学生だった娘も、来年は成人式である。



 一昨年、奇跡の復活を遂げた『レコンキスタ』から新生セラミュを支え続けてきた大久保聡美、奏音、坂田しほり、高橋ユウ、そして昨年、松浦雅からマーキュリー役を受け継いだ小山百代の五人が、今回をもってセーラー戦士を卒業。そういうニュースを聞いて、たまらなくなって東京に駆けつけた。でも、舞台を観ていたら「そうだ、この子たちもそろそろセーラー戦士は卒業だな」と思った。



 特に大久保聡美。はつらつと初々しくて「まもちゃん」に文字通りまもられていた大久保聡美が、2年間あまりでこれほど成長して、堂々と大和悠河のパートナーを演じ、舞台の空気をコントロールできるようになるとは思わなかった。他の戦士たちも、大久保聡美のもとで今まで以上にセーラー戦士レベルが上がっていた。でももう、ここまで来たら、やはりみんな、セーラームーンを卒業して次のステップに進むべきだろう、と思ったら、ちょっと泣けてきた。



まこと「肉まん好き」
亜 美「チャーハン好き」


 今回は、私にとっては思い出ぶかい黒木マリナ時代の『ミストレス・ラビリンス』と同じく「無限学園」編の舞台化だ。なので、本来はウラヌスとネプチューン初登場、そしてセーラーサターン覚醒、といったあたりが見どころなのだが、私の中ではそれよりも、大久保聡美のセーラームーンが、スーパーセーラームーンに変身する場面こそがクライマックスだった。



 それとカオリナイトが素晴らしかった。元宝塚花組男役の扇めぐむ、今は「扇けい」さんだそうだ。とまあ、語りだすとキリがないので、今回はやめておく。大阪千秋楽が名古屋の映画館でもパブリックビューイングできるらしいので、それでもう一度観てからレビューしようと思います。



 というわけで『探偵の探偵』最終回。ここまで原作の消化スピードが速かったので、最終回に何かオリジナルな展開をしかけてくるかと思っていた。そしたら、確かにその通りではあったんだが、それが非常に予想外のかたちだったので、今回はそのことに触れておきたい。



重要なお詫び】毎回パソコンのデスクトップで、フジの「見逃し配信」を再生しながらレビューしておりますが、今回は、ブラウザで画面の上が少し切れた状態であることに気づかないまま画像をキャプチャしてしまいました。一通りラストシーンまで作業を終えてから「あれ、今回の画面なんだか横に長いな」と思ってミスに気づきました。が、真っ暗な画像を色調加工して見やすくしたり、一枚一枚けっこう手間がかかってるんで、正直、もう一度最初からやり直す気力が出てこないんですよ。なので今回のレビューの参考用キャプチャ画像は、上が切れて洋画大作みたいなタテヨコ比になっています。申し訳ございませんがご了承下さい。



 クライマックス、玲奈と死神の対決の場面だが、ドラマはスマ・リサーチ社、原作は深夜のセメント工場と、舞台はだいぶ異なっているが、話の流れはだいたい一緒。
 ドラマのお姉ちゃんは点滴で筋弛緩剤を注入されて、すでに意識不明、放っておけば間もなく死ぬ状態。一方、原作のお姉ちゃんは、縛られてバスタブに転がされ、その上から生コンクリートをかけられている。これが固まり始めるまであと五分。その間なら、なんとか助ける術もある。原作より。



「彩音をコンクリ漬けにして、かちかちに固めてお終い。そのはずだった。けど最後にワンチャンス、琴葉にきいたの。コンクリが硬化するまでの残り五分間、彩音と玲奈のどっちを助けたいか。琴葉の答えに興味ない?」



 ふいに琴葉が泣きながら声を張りあげた。「しかたなかった。それ以外になかったの」



 凛は大声でさえぎった。「いまさら黙ってろゴミクズ!」



 玲奈は琴葉の動揺に不吉な予感をおぼえた。視線を琴葉から凛へ移し、黙って目でたずねる。



 すると凛がポケットからペン状の物体を取りだした。ICメモリレコーダーとわかる。指先でスイッチをいれた。再生が始まる。



 音声は明瞭だった。琴葉のすすり泣く声がきこえてくる。琴葉は声を震わせていった。「お姉ちゃんを助けてください」
 凛の声が問いただした「その答えでいいのかよ」
 「はい」



 「琴葉。おまえはひとりしか助けられない。彩音を選べば、玲奈は死んでもかまわないとみなしたことになる。それでいいの」
 絞りだすような琴葉の声がつぶやいた。「どっちも助けてほしい」


……(中略)……


 凛の声がじれったそうに告げた。「もう四分経過した。とっくに心臓とまってるし、五分経ったらコンクリも肌に貼りついたまま固まっちゃって、割っても取りだせない。死体とさえ対面できなくなるけどいいの」



 しばらく間があった。やがて琴葉の震える声が語勢を強くした。「お姉ちゃんを助けて」
 「彩音をこのまま死なせれば、あたしはもう玲奈にはかかわらない。玲奈は永遠に無事なんだけど」
 「お姉ちゃんを殺さないで」
 「玲奈が死んでもいいわけね。はっきり答えてよ」



 「はい」
 「ちゃんと自分の意志をつたえて。彩音が助かるなら玲奈が死んでもいい。はっきりいわないと彩音死ぬよ」



 「お姉ちゃんが助かるなら玲奈さんが死んでもいいです」



 「もっと大きい声でいって」
 琴葉の声が泣きわめいた。「お姉ちゃんが助かるなら玲奈さんが死んでもいいです!」



 熱しきり陽炎に似た揺らぎが眼界にひろがっても、玲奈は凍てはじめた空気のなかにたたずんでいた。水分が固形の微粉になったような冷たさが、しきりに肌を刺してくる。



 玲奈がICメモリレコーダーのスイッチを切り、ポケットに戻した。「玲奈。感想はどう」



 玲奈は震える自分の声を耳にした。「おまえが答えを強制しただけでしょ」
 「なら、なんで泣いてんの」
 堰を切ったようにこぼれおちる涙を、玲奈は自覚した。琴葉を見つめた。椅子に縛りつけられた琴葉が、悲痛のいろとともにつぶやいた。ごめんなさい。




 そのひとことこそ、琴葉の思いのすべてだとさとった。ひとまず彩音の延命を確保するための緊急避難が、口を突いてでた。ただそれだけなら、いま琴葉がしめしたような謝罪はない。
 琴葉が答えを覆した場合、凛は彩音の喉もとを掻き切るだろう。やむをえないことだった。それ以外の選択はない。理解できる。なのに、どうして涙がとまらないのだろう。
 哀愁の耐えがたさが胸に漲り満ちていく。どんなに取り繕おうと、内面の深いところにあった感情に気づかされる。わたしは琴葉に選ばれることを望んでいた。彩音を失っても玲奈がいる、琴葉の本心がそうあってほしいと願った。虚勢のいっさいを除去したとき、否定しえない認識だけが残された。



 玲奈は泣きながらつぶやいた。「どうすればいいの」



 凛がぶっきらぼうにいった。「彩音を助けたきゃ琴葉の選択にしたがいなよ。バスタブ、まっすぐに戻して。ノズルの真下に設置すんの」


 長々と引用して済まないが、特に最後の方の独白にご注意いただきたい。
 これまでにも見てきたように、ドラマ版は、話の展開やセリフはだいたい原作をなぞりながら、主人公の心理描写についてはおおむねスキップしてきた。原作はやたらと主人公たちの内面を説明するのだけれど、それによれば紗崎玲奈は、愛情に飢えた一種のアダルトチルドレンである。見かけや行動はいつも冷静沈着だが、内面はいつも激しく動揺し、哀しみ、傷つき、混乱している。
 けれどもドラマ版の玲奈は、北川さんの実年齢を踏まえて原作の21歳という設定から26歳へと引き上げられており、実際いつも大人の落ち着いた雰囲気があって、原作のような情緒不安定には見えない。このあたりの違いが最終回でおおきく効いてくる。
 原作の玲奈はそのままバスタブに寝ころんで自らコンクリ漬けになるけど、死神の手口を予想して、砂糖を持参してきたので助かる(セメントに砂糖をちょっとでも混ぜると固まらないんだって。みなさん知ってましたか?)。それで死神を刺して脱出するが、精神的には「お姉ちゃんが助かるなら玲奈さんが死んでもいいです」という琴葉の言葉に打ちひしがれていて、もう琴葉にも心を閉ざし、お詫びの言葉も受け入れられなくなっている。
 しかしドラマ版の玲奈は、琴葉の心にはもちろん胸を突かれたし、やっぱり涙を浮かべてしまったけれども、これまで一緒にやってきたことで生まれた信頼感を、最後には手放さなかったんですね。
 ドラマ版の方はコンクリ漬けではなくて筋弛緩剤注入だ。市村凛は、玲奈に拘束具を渡して自分自身を束縛させ、椅子に座らせたうえで、姉ちゃんと同じように筋弛緩剤の点滴を始める。
ただ、死神は第5話でも、病院に忍び込んで同じ手口で入院患者の口封じをしていたんですね。ちなみに、このとき病院で玲奈は死神・市村凛とファースト・コンタクトを果たしている。










 このとき見た「アキュレート」という筋弛緩剤の記憶があって、玲奈はここへ乗り込む前、ひそかに「筋弛緩回復剤」を入手していた。とはいえ、それで死んだふりをしても、脈を取られたら生きていることがばれてしまう。だから玲奈(北川景子)は琴葉(川口春奈)が市川凛(門脇麦)の気を引いているうちに、こっそりホチキスとか手持ちの小物を脇の下に強く挟んで、圧迫して脈を止めたのである。



玲 奈「拘束具をつけるとき、脇の下にこれをはさんでおいたの」




玲 奈「その状態で強く脇を締めると脈はとだえる。止血と同じ。」



玲 奈「琴葉があの場所を離れてくれたおかげ。細工に気づいて引き離そうとしてくれたんでしょ」



玲 奈「くやしい?自分のバカさ加減が」



玲 奈「手口はいつも同じ。筋弛緩剤を使うと思った」



玲 奈「だから社長に頼んで用意してもらっていたの」


╳    ╳    ╳



玲 奈「ひとつお願いしたいことがあります」



須 磨「何だ?」



玲 奈「筋弛緩回復剤を手に入れてもらえませんか」


╳    ╳    ╳



玲 奈「回復剤を打てば深い筋弛緩状態でも一分程度で回復する」



玲 奈「お姉さんの命も無事。いまオフィスで横になっている」



 私もホチキスになって北川さんの脇にキュッと挟まれたい。ということはともかく、玲奈と琴葉の絆が断ち切れていなかったことを暗示するこのパートは、もちろん原作にはない。つまりドラマの琴葉は、玲奈が何らかの対策を打っているとうすうす気づいていたんだけれども、原作の琴葉はそうではなかった。自分がお姉ちゃんを択んだせいで、玲奈は死んじゃったと思い込んでいた。


 死ぬつもりはなかった。玲奈がそううったえている。凛は気づいていなかった。琴葉も同様だった。ゆえにすべてが明白になった。凛の二者択一。琴葉のだした答え。
 弁解が口を突いてでそうになり、それでも言葉にならなかった。琴葉はこみあげてくる涙を抑えきれなかった。
 あれが偽らざる思いだった。確たる本心であることを、誰よりも自分がいちばんよくわかっている。
 玲奈はすっかり心を閉ざして見えた。見えない沈黙の盾が、話しかけられることを拒んでいた。
 どれだけ時間が過ぎたか判然としない。玲奈の顔がわずかにあがった。サッシ戸のほうを眺める。琴葉も視線を追い振り返った。とたんに琴葉ははっとした。
 ロングコートを着た女がたたずんでいる。探偵課の伊根涼子だった。


 盗難車捜索ネットワークの伊根は、盗難バイクの通報を受けてトラックバックしたら、なんと自分の会社にたどり着いてしまった。



 ここから先はほぼ原作どおり。これまで玲奈と敵対していたんだけど、涼子(高山侑子)は最後には、自分の車のキーを貸して玲奈を逃がしてやる。



 涼子にうながされて玲奈が現場から去るときの原作の描写はこんなふう。



玲奈は、なにもいわず歩き去った。琴葉も声をかけられなかった。




もう心は通わない。拒みえない決別のときを迎えた。琴葉はそうさとった。


 

 このあたりの二人の表情は、微妙に原作のニュアンスを残している。だからこそ、メインイベントをこんなに早めに片づけてでも、後半のゆるくて長い事後処理が必要だったんだと思う。そういう意味で、この最終回は原作を読んだ人向けの結末になっている。
 もちろん本来ドラマは単体で評価すべきですよね。ふつうに観れば、M14さんが言っていたように、前回を15分拡大スペシャルの最終回にした方が良かっただろうし、Nakoさんみたいに、いささか拍子抜けされた方も多かったろう。なにしろアバン・タイトルでほぼクライマックスが終わってしまい、あとは長いエピローグなのだ。
 でも以上のように、原作を踏まえるとその印象がだいぶ変わる。まあ以下の感想は邪道と思って読んでください。
 原作は話の運びがうまくてぐいぐい読ませるのだが、正直、後味はあまりよろしくなかった。愁嘆場が多すぎるのだ。第4巻まで進めばそれなりに救いもあるのだが、この第3巻までの結末は、ちょっといいのか、と思った。
 窪塚刑事は、旧態依然とした警察の体質を糾すために正義をつらぬいた。しかし彼の死によって警察機構はなにも変わらず、刑事たちの動きは最後まで、玲奈たち探偵の捜査を後追いするばかりだった。そして窪塚が命をはって守った市村凛は、死神だった。ちょっとひどすぎる犬死にではないか。
 紗崎玲奈は親の愛情に飢えたアダルトチルドレンだ。彼女が母親さながらに妹の咲良を溺愛したのは、自分が親の愛情を受けられなかったことの代償行為である。ところがその咲良も死んでしまい、今度は琴葉に妹の面影を見いだす。しかしその琴葉は究極の選択で(当たり前だが)玲奈より実のお姉ちゃんを選ぶ。「お姉ちゃんが助かるなら玲奈さんが死んでもいいです!」だから心を閉ざしてしまった。これも救いようがない。
 ドラマ版最終回の長いエピローグは、実はこのような、救われない原作キャラクターたちを救うために、スタッフが考えた手だてなのである。……と、私にはそういうふう思えて仕方がなかった。



 たとえば、完全に探偵たちの後追いになって、失態もはなはだしい警察の記者会見シーン。



 記者たちのつるしあげにあっているのは、最初のエピソードで阿比留探偵(ユースケ・サンタマリア)にべったりで、窪塚刑事(三浦貴大)を邪険にあつかった捜査一課長、藤戸(佐戸井けん太)である。これで死んだ窪塚刑事も少しは浮かばれる。




 そして窪塚の慕っていた後輩の長谷部(渋谷謙人)が、なかなか変わらない警察機構にあって、それでも窪塚の遺志を継いでいくであろうという暗示的な描写が加わる。




 次に出てくるのが玲奈の墓参り。しかし、すごい格好で墓参りに来るな。




 紗崎家の墓を訪ね、咲良に「死神」との対決の顛末を報告する玲奈。同時にそれは、彼女にとって妹との決別でもある。



 家族愛に飢えていた玲奈は、妹を失った事実を受け止めきれずに、琴葉に「妹」を求めようとした。



 でもようやくその弱さを克服して、妹の死を死として受け入れられるようになった。だからこれは、咲良が死んで初めての墓参りだと思う。





 それから病室で回復に向かう彩音(中村ゆり)と琴葉。



 彩音は「琴葉は私がいないと駄目なんだから」といって、自分の存在理由を妹に求め、琴葉はそんな姉から自立しようと思いつつ、結局、玲奈を姉の代理として利用するばかりで「お姉ちゃん」への甘えを断ち切れなかった。そういう関係の過ちにようやく気づいて、お互いを尊重しながらきちんとした姉妹の関係を築こうとしている。




 以上はすべて、原作にはまったく出てこない場面であるが、さらにもうひとつ、同様のドラマオリジナルのシーンで、須磨社長(井浦新)と桐嶋(ディーン・フジオカ)のバーでの会話が続く。ここで、実はこの二人は兄弟だったという驚くべき事実が明らかにされる。



桐 島「紗崎、職場復帰するでしょうか」
須 磨「どうだろうな。私たちはただ事実を調べるだけだ」



桐 島「事実か……内村凛に探偵の技術を教えたのは誰か、突き止める必要がありそうですね」
須 磨「今後の調査対象だな」



桐 島「勝手に同業者の犯罪を暴いて回ってるんだから、うちが警察に嫌われるのも当然ですね。悪徳探偵は許せない……か。獅靭会なんて指定暴力団に身を置いて、潜入捜査専門の悪徳探偵をやっていたことへの贖罪ですか?」



須 磨「道を誤りかけていた。まともな考えを示し導いてくれたのもまた探偵だった」
桐 島「対探偵課を設立したのもその決意のあらわれですか」



須 磨「逆だよ。紗崎には、実務を通じてつらい現実を知り、復讐を思いとどまって欲しかった」
桐 島「でも紗崎は考えを変えず、むしろ峰森も紗崎に共感した」
須 磨「どっちが正しかったか分からない。まあ、ある意味、私たちと同じ境遇だ」



桐 島「いつになったらゆっくりできるんだろうな、紗崎は……昔よく、じいちゃんが言ってたよな。人生は片道切符だ。けど途中下車も悪くないって」
須 磨「ああ、そうだな」
桐 島「少しは休めるといいんだけどなぁ」



桐 島「じゃぁ、おれは先に帰るわ。ここは兄貴のおごりで」



 桐島の「内村凛に探偵の技術を教えたのは誰か」というセリフは原作第4巻のテーマだ。紗崎玲奈という探偵の探偵が、須磨社長という師匠なしには生れなかったように、市村凛にも、彼女に探偵術を仕込んだ悪徳探偵の師匠がいる。そいつを突き止めなければ、第二、第三の死神がきっとあらわれる。そしてそいつが玲奈の前に姿を現した……というのが原作第4巻のお話なんですよね。原作の筋運びはちょうど2時間テレビスペシャル向き(クライマックスの舞台設定のスケールは映画化向き)なんだけど、やってくれないかな。数字的にむずかしいか。
 という話はともかく、須磨が桐嶋の「兄貴」というオチには驚いた。だいたい井浦新とディーン・フジオカって何となく雰囲気が似ていて、ひょっとしたらスタッフも、そこから兄弟設定を思いついたのかも知れないけれど、でもいいオチだ。
 結局このドラマは、玲奈と咲良も、彩音と琴葉も、何かの巡り合わせて「探偵」という職業に関わり、それゆえに傷ついた姉と妹の物語だ。で、今はおだやかにバーでグラスを傾ける須磨と桐島にも、だいぶ険悪だったり危機的だったりした時期があったようだ。でもそれを乗り越えて、この兄弟はこうして同じ探偵社の社長と探偵としてやっていて、しかも姉や妹との関係で傷ついたり悩んだりしている後輩を、ひそかに温かく見守っている。その視線に包まれて、玲奈も琴葉も、いつかはこんなふうにしっかり立ち直れるだろう。
 ドラマ版はこれだけ様々な描写を積み重ねて、原作第3巻で玲奈や琴葉が心に負った深い傷を癒そうとしたんじゃないかと私は思う。だからラストシーンがぜんぜん違うのである。
 ぜんぜん違うって言っても、場面設定やセリフが根本的に異なっているのならば、まあどうってことない。でもこの作品の場合は、シチュエーションはほぼ一緒、セリフも一部かぶっているのに、印象がまったく正反対なのである。そのあたりの違いを、できればじっくり読み取っていただきたい。



 まず原作のラストからの引用。玲奈はスマ・リサーチ社から自立する決意をかため、竹内(岩松了)の引き抜きで、竹内調査事務所の「対探偵課」で働くことになった。死神を倒した日を最後に、とうとうスマ社には戻って来なかったわけだ。



 琴葉は社員寮にあった玲奈の私物を渡すために、約束した待ち合わせ場所に行く。原作はその時の二人の会話で終わっている。この際、私の言う原作の「後味の悪さ」をみんなじっくり味わってくれい。


 「ごめんなさい」琴葉が両手で顔を覆った。「ほんとにごめんなさい。玲奈さん」
 玲奈はそっと琴葉を抱き寄せた。胸にあふれる悲哀と、愛おしさと、悔しさが混ざり合って、どうにも自制できない寂寥が心に満ちていく。
 瞼を焼くような熱い涙が流れ落ちる。玲奈は声をあげて泣いた。こんなときを迎えたくなかった。
 「琴葉。大好きだよ」玲奈はいった。「最初に会ったとき、突き放すべきだった。社長に刃向かってでも辞めさせて、お姉さんのもとへ帰すべきだった。なのに、わたしは離れられなかった。あなたに咲良の面影を見たから。わたしの甘えた心が、あなたをこんな世界にひきずりこんだ」
 「ちがうってば」琴葉はしきりに首を横に振った。「玲奈さんはまちがってない。わたしが弱かったから。なにひとつできない臆病者だったから」
 太陽が雲に隠れ、凍りつくがごとく、沈みきった大気が包みこむ。いまだ残る冬の寒さが肌を刺してくる。玲奈は琴葉の冷たい身体を、いっそう強く抱きしめた。
 わたしは市村凛に打ちのめされた。妹の仇に復讐を志しながら、不完全な心を暴かれてしまった。あるべき自分の姿は孤独以外に択べない。承知していたはずだった。でも本心では耐えきれなかった。家族の代わりを職場に求め、支えにしていた。けっして報われるはずのない思いなのに。
 玲奈はささやいた。「琴葉。お願いだから、探偵なんか辞めて」
 「辞められない」琴葉が胸に顔をうずめてきた。「玲奈さんをほっとけない。わたしが見張る。対探偵課だもん」
 空に目を転じた。湖面のような波紋のなかに、雲が揺らいで見える。はかなげな白い雲がうっすら浮かぶ。その雲が玲奈に影を落としていた。うつむくと涙が零れおちそうだった。
 静寂のなか、わずかに強さを増した風が、クルマのエンジン音を耳もとへ運んでくる。BMWの7シリーズ、ロングタイプのボディが徐行してきた。
 迎えが到着した。玲奈の心に、憂愁に似た寂しさが沁みひろがった。別離のときが迫っている。
 琴葉はしがみついたままだった。「絶対に戻ってきて。いつまでもまってる」
 受け入れられなかった。これ以上、琴葉に干渉してはならない。妹ではないのだから。
 玲奈は身を退かせた。


 ここまで涙だらけの愁嘆場を読んだのって、久しぶりなような気がする。今回のドラマが始まったときから、こんな原作どおりのエンディングだったらイヤだなあって思い続けていたわけよ。(もっとも、そのせいで原作の続きを読まずにはいられなくなるわけだけどね。)でもドラマ版はこうだ。



琴 葉「社長から聞きました。本当に竹内調査事務所で働くんですか?」




琴 葉「あの時わたしがあんなことを……」



玲 奈「いいの。あの状況じゃあ、誰でも琴葉と同じ選択をする。あれは琴葉の本心じゃなかった」
琴 葉「でも……」



玲 奈「最初に会ったとき、突き放すべきだった。なのに、わたしは離れられなかった。あなたに咲良の面影を見たから。私の甘えた心があなたをこんな世界に引きずり込んでしまった。ほんとうにごめん」



玲 奈「琴葉、もう探偵なんかやめて、普通の生活に戻って」



琴 葉「玲奈さんよく言ってましたよね。探偵は事件なんか解決しないって。その本当の意味が分かりました。刑事事件になる前に、民事のうちに解決する。それが私たちの使命です」



琴 葉「悪徳探偵を倒すことで救われる人がいる。そう教えてくれたのは玲奈さんです。だから私もやめません」



玲 奈「そう。なら、あなたと私は他社の探偵。しかも対探偵課同士ね」



琴 葉「はい」



玲 奈「もと同僚だからって容赦はしないわ」



琴 葉「私もです。一人前の探偵になって、玲奈さんが無茶をしないように見張ります」








玲 奈「行かなきゃ」



玲 奈「ありがとう、琴葉」



琴 葉「ありがとうございました。玲奈さん」









 原作からテイクオフして、こういう玲奈を、こういう琴葉を描くために、テレビ版は最終回の長いエピローグの積み重ねを必要としたのだと思う。原作を読んでいない視聴者には知ったこっちゃない話だろうが、私としては、ある意味で駄々っ子みたいだった原作の玲奈を、いま現在の北川景子が演じるにふさわしい、そして演じることが北川景子にとって意義のあるキャラクターにリフォームしてくださったドラマ版スタッフに、心から感謝したい。おつかれさまでした。