さあ、放送日もだいぶ迫ってきたましたね。今日は少し先を急ぎ、ヨタ話は省略してさっさと本題に入りたい。連続ドラマW 湊かなえ「落日」第3話レビューの続きである(2023年9月24日放送、全4話/原作:湊かなえ/脚本:篠崎絵里子/照明:井上真吾/撮影:伊藤麻樹/監督:内田英治/チーフプロデューサー:青木泰憲/制作:WOWOW)。
1. 猫将軍
笹塚町一家殺害事件の真相を追う映画監督の長谷川香(北川景子)は、長塚(佐伯新)という記者を訪問する。長塚はかつて、笹塚町一家殺害事件を取材して記事を書いたことがあるのだが、その内容が、当時の報道のなかでは珍しく力輝斗に同情的な内容で、香の興味を引いたのだ。
長 塚「あ、お待たせしました」
長 塚「あそうだ、映画、観ましたよ」香 「ありがとうございます」長 塚「監督のファンなんですよ」
長 塚「どうぞ。当時の資料です」香 「拝見します」長 塚「はい」
香 「長塚さんはあの事件について、力輝斗に同情的な記事を書かれていましたよね」長 塚「ええ、まあ」香 「どうしてですか?」
長 塚「まあ、気の毒な境遇でしたからね。こんな言い方は悪いですけど、ろくでもない両親だったし、妹もどうも、裏表のある性格だったみたいだし」
長 塚「あどうぞ、こちら」
香 「じゃあやっぱり、力輝斗の動機は」
長 塚「家族が憎かったんでしょうね、本人が言っていたとおり」
長 塚「でもね、それを読み返していて想い出したんだけど」
長 塚「実は私も当時、取材していてちょっと引っかかったことがあったんですよ」
香 「何ですか?」
長 塚「あ、ちょっと失礼。こちらどうぞ」
長 塚「ああ、ここ。力輝斗が両親を一緒に焼き殺したっていうくだりね。両親が酔っ払って帰って来て寝てたのを知ってて、それで火をつけたってことだったでしょ」香 「はい」
長 塚「両親の遺体が見つかったのは、ふだん寝てた部屋とは違う部屋だったそうなんです」
長 塚「一階には二部屋あって、いつもの寝室じゃない方の部屋で、遺体で発見された」
長 塚「酔っ払って帰って来た両親がこの部屋で飲み直して、そのまま酔い潰れて寝てしまった。それが当時の警察の見解」
香 「じゃあ力輝斗が、両親が帰ってきたのを知らなかった可能性もありますよね」
長 塚「私も一瞬そう思ったんですけどね。でもまあ、気づいていなかったものを『気づいていた』って嘘つく理由もないしねぇ。それだけ、罪も重くなるわけだから、うん」
長 塚「あ、そういえば面白いエピソードがありましたよ。知っていますか、力輝斗が近所の子供たちに、何ていうあだ名で呼ばれていたか」
香 「あだ名?」
長 塚「猫将軍」
香 「猫…将軍?」
猫将軍。まだ力輝斗には香の知らない顔がある。それを見るために、取材を続けなければならない。
2. 熱き冒険者!米国へ帰還
その前に、香は真尋の従兄の医師、正隆(高橋光臣)と会う。学会などがあってしばらくホテルに投宿していた正隆だが、ボストンに帰ることになったようだ。彼がいなければ、立石沙良の裏の顔を香が知ることもなかった。香は、取材によって明らかになった力輝斗に関する新事実を、正隆に伝える。
正 隆「猫将軍ねぇ」香 「小さい頃から猫が好きだったみたい」正 隆「でもまあ、猫に優しいからって善い人間だとは限らないからね」香 「……そうだけど……」
正 隆「香ちゃんさあ、真尋とは今、一緒じゃないんだよね。喧嘩でもした?」
香 「私が余計なことを言っちゃったから」正 隆「もしかして訊いたの? 千穂ちゃんのこと」
正 隆「あいつも本当は分かっているんだと思うよ。いつまでもこんなこと続けていられないって」
正 隆「前におじさんに……ああ、真尋のお父さんね……訊いたことがあったんだよね『何で千穂ちゃんが生きているみたいに生活しているの?』って」香 「そしたら?」
正 隆「人は二回死ぬんだって。一度目は身体の死、二度目は存在が消えちゃう死。千穂ちゃんが生きていると信じていれば、信じている人のなかで千穂ちゃんは生き続けられる、だって」
正 隆「気持ちは分かるけどね、でもどっかで区切りをつけないと」
正 隆「香ちゃんは? これからも力輝斗の取材を続けるんだよね」
香 「うん。どうしても知りたいから」
正 隆「その『知る』っていう行為はさ、香ちゃんにとってどこに行き着くの?」
香 「救い……かな?」
正 隆「……」
正 隆「そろそろ行こうか」
正 隆「会えて良かった」
香 「私も」
正 隆「真尋はいま笹塚町に帰っているよ」
香 「……」
正 隆「もう少し時間をやってくれないかな」
香 (微かに微笑み、うなずく)
正 隆「じゃ」
これで高橋光臣はこのドラマから退場、アメリカへ帰国される。二人のお芝居は安定感があるね。次に北川さんと共演するのはいつの日か。また会う日まで。
……と思ったら『あなたを奪ったその日から』に北川さんのダンナ役で出演するそうじゃないか。自作スイーツを上納でもしてんのか(笑)。
3. 力輝斗の素顔
さて香の次の取材先は、力輝斗が一時期アルバイトをしていたというプレス工場だ。同僚だった行員(川手祥太)も、意外と力輝斗に好意的である。
香 「事件を起す二年前、力輝斗はここでアルバイトをしていましたよね。その時のことをお伺いしたいんです」工 員「家族を殺すような、そんなヤバい奴には見えなかったですよ。明るかったし」
香 「明るかった?」
工 員「まあ、人づきあいは下手だったけどね」
工 員「頑張って馴染もうとしてましたよ。正社員になりたいって言っていたし」
工 員「立石、昼休までに終わらせろよ」
力輝斗「はい!」
香 「でも結局、辞めちゃったんですよね」工 員「まあ、それが不思議でね。前の日まで普通にがんばっていたのに、急にだから」
香 「辞めた理由は?」工 員「分かんなかったですね。何も言わずに来なくなって、そのままだったから」
工 員「ったく、何があったんだか」
そして、力輝斗が子どもたちから「猫将軍」と呼ばれていた神社の境内も訪問する。ここら辺から、いままで殺害シーンと獄中シーンにしか出てこなかった力輝斗(竹内涼真)の素顔が少しずつ明らかになってくるのだ。
竹内涼真というキャスティングについては、うまい配役だなあと思った。ドラマには出てこないが、原作では取材中、地元のラーメン屋で出会ったおばさんが、力輝斗についてこう証言をするのだ。
「なんでテレビも週刊誌も、あんな人相の悪い写真を使うんだろうね。確かに、愛想の良い子じゃなかったけど、きれいな顔をした子だったよ。長い前髪で大抵は目元が隠れているんだけど、いつだったか、走ってどこかに行っててね、風が強かったもんだからしっかり顔が見えたんだけど、ぱちっとした二重の男前だった。妹はアイドルを目指していたらしいけど、お兄さんの目と同じだったらよかったんじゃないかねえ」(湊かなえ『落日』第6章、ハルキ文庫)
アイドル志望の妹より、兄の力輝斗のほうが、実はアイドル向きのイケメンだった。ここが重要なポイントで、沙良は兄をバカにしているように見えて、実はきれいに澄んだ二重の目と、整った顔だちをもつ兄に、強い劣等感を抱いていた。何で一家のヒロインである私じゃなくて、はみだし者の冴えない兄がこんなに美形なのかと運命を呪ってもいた。オーディションに落ちたときにも、内心では「もしお兄ちゃんみたいな顔だったら……」と思っていて、それがまた悔しさを倍増させたのである。
沙 良「あんたさあ、そろそろ死んでくれないかな。知ってるよね、私がデビュー決まって東京へ行くの」
沙 良「アイドルやるのにさぁ、兄貴が引きこもりとか、あり得ないでしょ」
沙 良「ネットでバラされたらどうしてくれんの?」
力輝斗「嘘なんだろ。落ちたんだろ、オーディション」
沙 良「……あんたのせいでしょ。歌もダンスも完璧だったのに」
沙 良「それなのに最終で駄目だったのは、あんたが無職の引きこもりだってバレたから。それしか理由なんて考えられないんだから」
力輝斗「顔だよ、顔」
力輝斗「常に誰かを貶めてやろうとたくらんでいる、その裏の表情を、審査員が見抜いたんだよ」
力輝斗からはっきり、オーディションに落ちた理由は「顔だよ」と図星を指され、沙良がかっとなり、それが沙良自身の生命を奪う悲劇の引き金となった。原作ではここのところが「自分より美しい兄に顔をけなされた妹は逆上した」と書いてある。沙良役を演じているのが乃木坂46の久保史緒里なので、それに対抗できる美形でないと、このシーンは成り立たないよね。そういう意味で竹内涼真は、実に説得力のあるキャスティングでした。可愛いけど腹黒さが顔ににじみ出ている妹を演じた、久保史緒里も立派。
4. 動き出した時間
取材を続けるうち、おぼろげながら力輝斗のイメージがつかめてきたような気がした香は、再び獄中の力輝斗に手紙を書く。
香 「猫将軍、それがあなたのあだ名だったそうですね」
香 「家に居場所がなかったあなたはよく、夕方になると近所の神社にやって来た。猫の餌をもって」
香 「あなたが歩くと猫もついて来る」
香 「その様子が将軍様と家来っぽいから、猫将軍、そう呼ばれていたんですね」
香 「猫に餌をやりながらあなたは何を考えていたんでしょう」
香 「力輝斗さん、ほんとうは御両親が帰っていたことに気づいていなかったのではないですか?」
香 「死刑になりたかったから、気づいていたと嘘をついたのではないですか?」
香 「何があなたをそこまで追いつめたのか、私はそれを知りたい」
一方、同じく笹島町に帰省中の真尋(吉岡里帆)は、地元の映画館の近くにある喫茶「シネマ」にいた。真尋の父の良平(宮川一郎太)は、映画を観終わるとこの店に寄る常連客の一人で、マスターの山上(小林隆)とも顔なじみだ。
良 平「いや、おれは良いと思うよ。脚本も良いしさあ」
山 上「いやだからさ、何て言うの……」
香 (真尋さんも、そうじゃない?)
香 (お姉さんのこと、知らなければ良かったって言っていたけど)
香 (知ることで前に進めてきたことも、あるんじゃないかな)
良 平「待たせたな、腹減ってないか? パンケーキでも焼いてもらうか」
真 尋「ううん、大丈夫」良 平「マスター、おれブレンドね」山 上「あいよ」
良 平「へっへっへっ、はぁ」
良 平「千穂はいまどこに居るんだっけ、フランスか?」
真 尋「お父さん」
真 尋「もう止めようか」
妹を刺したときから、何もかも放棄して、死刑執行の日まで自分の時間を凍結してしまった立石力輝斗、姉の千穂が死んでから家族の時間を止め、永遠に還ってこない姉を待ち続けていた甲斐父娘。この二組の時計の針を、長谷川香監督の「知りたい」という力が再び動かしたのだった。
良 平「明日一緒に行くか、千穂の墓参りに」
真 尋「うん」
家に帰った真尋は、事故の日のときのまま、何も手をつけずにいた姉の部屋に入り、姉の携帯を手に取り、勉強机の引き出しから日記帳を出す。
姉はピアノが上手だったけど、突然もうピアノはやめたいと言ったり、音大附属高校に特待生で進学できるチャンスを棒に振って笹塚高校に進学したり、妹の目から見ても分からないところがいろいろあった。でも、いまさらその理由を詮索してもどうにもならない。
そう思っていた真尋が、香の「知ることで前に進めることもある」という言葉に励まされ、あえて「無い」ことにしていた姉の遺品を手に取り、内容を確かめ始めたところから、真尋の姉の事故死と力輝斗の家族殺害という、まるで結びつかないように見えるふたつの事件の背後に隠れていた意外な真相が、明らかになってゆくのでありました。ということで今回はこれまで。以下次回。