実写版『美少女戦士セーラームーン』ファンブログ


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【第246回】さらば筆談ホステス、愛の戦士たちの巻

1. 清浦夏実サイン&握手会、楽しかったよ

 

プレナス「ほっともっと しょうが焼弁当」CMより、岩井七世と沢井美優。
持ち帰り弁当のチェーン「ほっともっと」の店舗は、愛知県にもいくつかあるが、CMは流れていない。残念です。ちなみに「オリジン弁当」にいたっては、東海四県(静岡・愛知・岐阜・三重)に店舗が一軒も存在しません。私は「オリジン弁当」って何なのかさっぱり分からなくて、つい最近まで北川景子の発言に意味不明なところがあった。
まあともかく、前々回のファースト・アルバム・レビューに書いた通り、清浦夏実は2008年の「ほっともっと」CMで「お弁当を食べながら」(作詩:岩崎俊一/作曲:菅野よう子)という名曲を歌っていた。そして現在は沢井美優が岩井七世と「しょうが焼き弁当」のCMに出ている。清浦夏実と沢井美優はセーラームーンつながりで、岩井七世と沢井美優はラブベリーナ友達。どちらのセンから行っても、次は必然的に河辺千恵子の出番だ。越智千恵子プロデュース期間限定メニュー「旦那さん弁当」なんて企画が立ち上がるのではあるまいか。千恵子さんの出産予定は5月、その後の動きに注目ですね。「既婚女優はどうでもいい」という方は下の方で土偶ガールまつりでもやっといてください。

あ、それから、これも前々回のアルバム・レビューに書いた通り、3月7日の日曜日に清浦夏実さんが、ファンとお話をしに名古屋までやって来てくれた。なんだかんだと、私もポスターにサインをもらってしまった。清浦さん、とても素敵なお嬢さんでした。

握手会の会場にはStreamKatoさんやikidomariさんも来てくださった。二人とも清浦さんと色々話をしていたみたいだったよ。「セーラームーンから観ています」ということは、本当に古くから彼女を知っていることになるわけで、ちょっとした特権階級である。加えて、ikidomariさんが青森から来たと聞いて、清浦さんは本気でびっくりしていた。私も「本当に素晴らしいアルバムで、もう今年のベストワンが決まってしまいました」と、いちばん言いたかったことを本人にじかに伝えられたので満足である。あと名古屋限定ケロロ軍曹ストラップと、ハローキティのスタンプもプレゼントできた(うっかり渡すのを忘れかけていた)。
「清浦夏実=雨女」の噂に違わず、イベント当日の名古屋は、ずーっと雨降りだった。さらにその2日後、六本木のクラブに清浦さんが出演された夜の東京は、なんと雪が降ったそうで、雨女伝説は雪女奇譚に昇格した。すごすぎるぞ清浦夏実。来月4月4日(日)には下北沢ザ・ガーデンで初ワンマンライブがあるわけだが、公式ブログのコメント欄では、すでに「ワンマンの日は傘じゃ足りない、レインコートは必須」とか「カミナリは呼ばないでください」などと、ファンが対策に追われたり不安に脅えたりしている。私もすでに先行予約でチケットを確保してしまっている。頼みます、大粒のヒョウで新幹線を止めたりしないでください清浦さん。
そういえば一般発売がちょうど今日から始まるんだった。書いておこう。


「清浦 夏実 DEBUT LIVE 〜十九色〜」
 【公演日】2010年4月4日(日)
 【会場名】下北沢ガーデン(東京都世田谷区北沢2−4−3 B1階)
 【開場/開演】 17:30開場 / 18:00開演
 【チケット料金】前売り 自由¥3,500(税込み)
         ※1ドリンク代別・整理番号付き
         ※満席の際には立見になる場合もあり
         ※3歳以上有料

 【一般発売日】 3月14日(日)AM10:00〜下記のプレイガイドにて発売
        ・キョードー東京  03-3498-9999
        ・チケットぴあ   0570-02-9999(Pコード102-069)
        ・ローソンチケット 0570-084-003(Lコード74524)
        ・CNプレイガイド 0570-08-9999  
        ・イープラス    ここをクリック!
 【お問い合わせ】キョードー東京 03-3498-9999 (10:00〜18:00)

StreamKatoさんからもikidomariさんからもお土産をもらったんだけど、それについてはまあ、またの機会に紹介します。ikidomariさん、別にあれ名古屋港に捨てていませんから。といって、まだ自宅のDVDプレイヤーで動作確認もしていないのだが。

2. ゲームの規則


さて、予想外に長期の取り組みとなってしまった(笑)北川さん主演のMBS新春ドラマ『筆談ホステス』レビューだが、もうそろそろラストシーンに行きたい。
ただドラマのなかでは、その前にもうひとつ、ちょっとした事件が起こる。飛ばしてもいいのだが、ここまで長引いたんだから、さらっとだけ触れておこう。
ある日、仕事を終えた里恵の携帯に、お兄ちゃんからメールが届く。

親戚の十三回忌で、里恵の青森の家族が上京することになったのだ。
喧嘩して、そのまま家出同然で上京してしまった後ろめたさもあって、里恵は動揺を隠せない。でも母親を憎んでいるわけじゃないし、できれば仲直りしたいと思っているから、迷いながらも、家族が東京へやってくるその日、待ち合わせの場所へタクシーを走らせるのでありました。

ところがそこに、お店の常連の一人、瀬川耕造からメールが届く。前回このレビューに出てきた、笹野高史の演じる建設会社の社長だ。山梨から出てきて、成功して銀座のクラブで遊ぶのが夢だったそうで、「お互い銀座を夢みて上京して来た、似たもの同士」と里恵のことを可愛がっている。分かったような分からんような理屈である。その瀬川社長から里恵の携帯に、突然別れのメールが来たのである。「何かあったんですか」という里恵の問いかけに返って来たのは「会社が倒産した。もう全部おしまいだ」なんてメッセージ。で、これから母と会いに行こうとしていた里恵は、心配のあまり、料亭で待つ家族との約束をすっぽかして、瀬川のもとに駆けつける。

瀬川はレインボーブリッジの見える港にたたずんでいた。東京に出てきて初めて請け負った仕事がレインボーブリッジ関係だったんだそうだ。里恵は瀬川に筆談用のメモとペンを渡して、何でもいいから今の気持ちを表現してみて、と身振りで伝える。

それに答えて、ただ一文字「辛」と書く瀬川。里恵はその「辛」に一本書き足して「幸」にしてみせる。そして「辛いのは、幸せになる 途中です」と書いて励ますのである。

里恵の気持ちに感謝してほほえもうとする瀬川。でも気持ちが緩んだのか、しゃがみ込んで嗚咽する。ベテラン笹野高史の芝居が光る場面だけど、しかしこれって、何だかなあ。
銀座のクラブに飲みに来るような大人の遊び人が、金がなくなったからといって「もう会えない」なんて未練がましいメールを真っ昼間にホステスに送り、さらに理由を問われれば「会社が倒産した」なんてフォローに困る話をしてしまうのは、いかがなものでしょうか。もしも遊べるような状況でなくなったら、何も言わずにフェードアウトして行くのが、大人の遊びのルールなんじゃないかと、経験のない私などは思う。
ちょっとWikipediaで現実の斉藤里恵さんが上京した年を調べさせてもらったら、上京したのは2007年だという。ということは、建築業界が、2005年11月の耐震偽装問題をきっかけとした規制強化や、資材の高騰といった様々な制約のもとで苦戦を強いられていた年である。受注は劇的に減り、耐えきれず、倒産にいたった中小規模の建設会社も、相当数あったと聞く。
てことは、ドラマのなかの瀬川社長の会社も、その手の倒産会社のひとつなのだろう。でもそう考えると、社長の銀座通いはますます「?」と思わざるを得ない。社員一丸、経費削減だ、ああだこうだとやりながら耐えるべきこの時期に、社長が銀座のクラブに入り浸って、人気ホステスにうつつを抜かしているようじゃね。
……なんて考えるのは野暮なんだろうけど。

3. ベストオブ北川景子のママ


まあともかく、そういうエピソードがあって、里恵が約束の料亭に到着した時には、上京した母親たちは去ってしまった後だった。
それから、どのくらいの日々が過ぎたのだろうか、いよいよドラマはクライマックスに向かう。

久しぶりに青森に帰省する里恵。杏子ママが迎えに来てくれている。感動の再会。
(話したいことが沢山あるの)と言わんばかりに、嬉しそうに腕を引っ張る里恵だが、杏子ママはそれをさえぎって、「あなたには行くとこ、あるでしょ」と指さす。そこには、ちょうどタクシーで駅についたばかりの兄の姿。二人は家に帰る。

晩御飯の支度をしていた母は、何も知らされていなかった。悟志が連れてきた里恵を見て表情がこわばる。「お茶、淹れてきてくれ」

 つい、お客用の湯のみを使おうとしてしまう母を押しとどめ、悟志は里恵が家にいるころ使っていたマグを出してやる。かなりでかいカップ。家族で一番でかい。ママがこれにお茶をなみなみとついで、出された里恵が一気飲みすれば「北川景子さばモグ伝説:復活への序章」となるのだが、そういうシーンは無い。

リビング。ぎこちなく(どでかいマグカップの)お茶を娘に出す母。沈黙の三人。悟志(お兄ちゃん)はお茶を一口すすると「おれ、着替えて来るから」と言って、わざと母と里恵を二人きりにして、リビングを去ってしまう。
しかし最近のテレビドラマって、どうしてこんなに、夕陽っぽいオレンジ色のフィルターがかかった画面が多いのだろう。ふつうに照明を当てると何かやましい物が写り込んでしまうのだろうか。
まあいいや。ここからがクライマックスだ。
この『筆談ホステス』、放映後はかなり好意的な反応が多かったと聞く。でもこれまで延々レビューしてきたように、ドラマとしての出来は、正直なところ特に優れているわけではないと思う。ではなぜ好評だったかというと、明らかにキャストの力だ。里恵の北川景子、お兄ちゃんの福士誠治、ママの 田中好子、杏子ママの手塚理美、瀬川社長の笹野高史、皆さん良いのだが、なんといってもラストの田中好子と北川景子の二人芝居の緊張感にとどめをさす。この場面の良さについては、口うるさいこのブログのコメント欄の常連の皆様方も、口を揃えて評価していた。
これについては、組み合わせの成功ということもあると思う。北川景子はこれまで様々な「お母さん」と共演してきたけど、相性の良さで言うと、田中好子はベストなのではないか。
その相性というのは、やっぱりどこかで芝居の質が相通ずるという問題なんだろう。たとえば天海祐希の場合、「天海祐希の芝居」という固有のジャンルは、たぶん誰にも継承できない。だから天海祐希の娘役をやるのは至難の技だ。

戸田恵子もイマイチだったな。『太陽と海の教室』で戸田恵子が北川景子のママ役についた時には、私はちょっと期待していた。当時はまだ『モップガール』の好演が記憶に新しかったので、コメディ演技の呼吸が伝授されるんじゃないか、なんて考えていたのだ。しかしこれは私の思い違いだった。戸田恵子の闊達なお芝居の根底にあるのは、天性の「軽やかさ」であり、逆に北川景子の演技は、コメディをやっているときも本質的に「重い」。北川さんのコメディエンヌ的才能を開花させるためには、むしろ天然ボケ的なその「重さ」「どんくささ」を活用すべきだろう。

一方、相性がいいと言えば、まずスターダストの大先輩、手塚理美。『ブザー・ビート』で、ちょっとだけ母親役で出演し、この『筆談ホステス』でも、半ば母親みたいな役で、北川さんを優しく包んでいる。
でも、もっとハマっていると私が思ったのは『Dear Friends』の宮崎美子だ。大杉漣と北川景子の父娘の断絶のはざまにあって、何をすることもできず、ただ善意でおろおろするだけの母親、というその重たい芝居が、しばしば大仰になりがちな北川さんの不良娘演技と、よくかみ合っていたように思う。しかし宮崎美子は胸が大きいのである(何が言いたいの?)。
で、スーちゃんだ。スーちゃんは「元アイドルのおっとり系」という宮崎美子と同系統のお母さんで、しかも宮崎美子ほど胸が大きくない(だから何が言いたいの?)。過去の北川さんの母親役のなかでも、一番ぴったりだと思います。
田中好子はキャンディーズ解散から2年を経た1980年に『欽ちゃんのどこまでやるの』で芸能界に復帰する。当時のテレビ界で最強のツッコミ王だった萩本欽一のもとで、天然ボケ的なキャラクターを磨かれたわけだから、これは筋金入りだ。そして北川さんも、肉食女子的なアグレッシブなイメージで語られることも多いが、基本的にはスキだらけの受け身系キャラである。以前、貫地谷しほりが北川さんのことを「どM」と言っていたのはそのことを指していると思う。

4. 「感動」のラスト(ようやくここまで来た)


まあとにかくそういうわけで、どちらも「受け」タイプの二人が、セリフもなく筆談のみという究極のシチュエーションで、お互いさぐりを入れながら一対一のシーンを作り上げていくという、そのあたりの緊張感が、このラストシーンの感動の根底にあるのだろうと思います。

ちらっと様子を伺おうとしたら、目が合ってしまって眼をそらす二人。気まずい沈黙。そうだ、こういうときこそ筆談なら、と思う里恵。少しずつ書いては手渡すメモの文章をつなげると、こんなメッセージになる。

里恵の筆談「ごめんなさい。突然来てごめんなさい。
お母さんに伝えたいことがあるの。わたし銀座で一番になったよ。
お母さんが嫌いな仕事かもしれないけど…でもわたし、ようやく一番になれたよ」

ここでハッとする母親。少女時代に「一番になりなさい」と言ったひとことが、ずっと娘を苦しめていたことに初めて気づく瞬間である。

里恵の筆談「字がきれいだってほめてくれたお客さまがいたの。
お母さんが小さい頃、お習字に通わせてくれたおかげだよ。
お母さん、ありがとう」

さらに書き続けようとする里恵の手をおしとどめ、今度は母がペンを取る。

母の筆談「お母さんを許して。
ずっと厳しくしてきてごめんね。
おめでとう。一番おめでとう。
よくやったね。里恵はお母さんの誇り
あなたはお母さんの大事な大切な娘」

「あなたは私の誇りよ」みたいに、自分の子どもや教え子のことを表現する言い回しなんて、昔は無かった。たぶん英語の「I’m proud of 〜」の直訳体なんだろうけど、いつごろからこんなに使われるようになったのかね。なんて余計なことを考えている場面じゃないね。

里恵の筆談「おかあさん
私を産んでくれてありがとう。
育ててくれて本当にありがとう」
 


悟志のN「筆談で一番になった里恵が、本当に心を通わせたかった母に、気持ちを伝えたのもやはり、筆談でした。その文字のひとつひとつが、25年間の沢山の想いがこもった、心の声でした。里恵と母の筆談は、途切れることなく、夜が更けるまで続いていました」

というわけで、感動の大団円である。これはけっこう良かったね。


でも、良かったことを認めたうえで言えば、最後にこのような、涙、涙のクライマックスを持ってきたそのこと自体、このドラマの限界を示してもいる。それは要するに、感動ポイントが分かりやすくなくちゃいけないゴールデンのドラマの限界、ってことかも知れないね。ちょっとこっちを観てもらおう。

 
レイ「どうして、どうしてあの日、病院に来なかったの?」
隆司「しつこいなお前は、何か理由があれば許せるのか?」
レイ「理由によるわ」
隆司「仕事だ。本当に忙しかった。お前を預けなければならなかった理由も、ほかに無い」
レイ「じゃあ…」
隆司「わかれとは言わん」
 (どちらからとも無く、母の墓に視線をやる二人。レイはそのまま立ち去ろうとする)
 
隆司「レイ、取材があるんだ。親子で食事をする。出席しなさい」
レイ「……たぶん、もう少し時間が経ったら……」
隆司「……そうか……」

重い病とたたかいながら、病室で待ち続けるママの枕元に一度も来なかったパパ。ママが亡くなった後は、自分を神社に預けたパパ。その理由を訊ねても、いつも「忙しかった」の一点張り。「不吉な力」を持つ娘を恐れて普段は会おうともしないくせに、雑誌の取材だなんだの理由で親子の写真が欲しいときだけ、向こうの都合で強引に呼び出す。レイはそんな父のことが許せず、憎んでいた。
でも秘書の西崎(菊地均也)がふと漏らしたことばで、憎むべき父のイメージが壊れてしまう「先生は、お嬢さまと会う口実が欲しいだけなんですから。ここだけの話、なんとかお嬢さまとうまく話したくて、いろいろ考えたみたいですよ。世論調査だとか、雑誌の取材だとか。だから、交番から連絡があったときなんか、むしろ喜んでいるのが見えましたもん」。
だから父に「取材があるんだ」と言われて、レイはこれまでみたいに頭から拒否せず「たぶん、もう少し時間が経ったら」と答える。ほんの少し和解の兆候があって、見送るパパも、立ち去るレイの表情も柔らかい。
決して一気に涙の和解にもっていかない。その兆しを暗示するにとどめておく。こちらの方がどれだけ表現として上品で高度なものか、説明は不要だと思う。このあたりがドラマとしての志の高さというか、品格の違いである。もうぜんぜんレベルが違う。我々が、放送後6年も経っているのに、いまだに実写版セーラムーンにこだわる理由は、こういうところにあるのだ。


 

5. 「フィクション」の謎


以上。やー、けっこういいドラマだったよね、というスタンスで始めたレビューだったのに、後半は飽きちゃって、だんだん批判がましいことも書いてしまって済まない。でも基本的には、観ごたえがあったからこそ、ああだこうだとレビューを書けたのである。
このあと、番組の方は冒頭と同様、本物の斉藤里恵さんが銀座で働いたりしている様子をとらえたドキュメントになって終わるが、このレビューの興味はあくまで「北川景子主演のドラマ」にあり、極端に言えばそれが実話であるかないかの判断にも(ありえないんじゃない?と思いつつ)まったく関与するものではないことをお断りしておきますね。

番組の最後にこういう字幕が出る「このドラマは、実話をベースに構成したフィクションです」。良心的ですね。これに較べると、『Dear Friends』の最後にでる字幕は、不誠実というか、ひどいものだった。

「この物語はフィクションであり、登場する人物・団体等、名称は、実在のものとは関係ありません」ちょっと変わった言い方なのがおわかりであろうか。
原作者Yoshiによれば、大ヒットした『Deep Love』と同様、この『Dear Friends』も「物語の内容の一部は、病に倒れたある少女の実話を元に書かせていただきました」だそうである。『恋空』もそうだった。ケータイ小説というのは、なんだか知らないけどこの手の「お話はフィクションですが(部分的には)実話を元にしています」みたいな断り書きが多い。荒唐無稽すぎるので、こう書くことで「ありえな〜い」の批判をかわすというか、最低限のリアリズムを担保しようとしているのであろうか。でも、かといって「じゃあモデルは誰だよ」と迫られても困るわけで、その結果「創作です」とも「実話です」とも言わないタマムシ色の表現になったのだろうと私は推測している。
そのとばっちりで映画版『Dear Friends』も、ふつうに「登場する人物・団体等は、実在のものとは一切関係ありません」と、明快に言えなくなった。何しろ原作に「内容の一部は、実話を元に書かせていただきました」と書いてあるんだもんな。それで「名称は」という奥歯にもののはさまったような言い回しを入れて、「名称は、実在のものとは関係ありません」というおかしな表現になったわけだ(推定)。
でも『Dear Friends』は、この『筆談ホステス』のラストの字幕みたいにすれば良かったと思うよ。「このドラマは、実話をベースに構成したフィクションです」この場合、あくまで「フィクションです」が強調される。万が一、過去の彼女を知る同級生や元同僚などから「そんなの実話じゃないだろ」とクレームがついても、「モデルは斉藤里恵さんですが、このドラマはフィクションですから」でつっぱねられるというか。さすがTBS。できれば、亀田兄弟のボクシングの試合の後にも「この採点は実際の試合をベースに構成したフィクションです」とか入れておいて欲しい。(*コメント欄でMC-K3さんから「制作はTBSではなくてMBS」とご指摘いただきましたので訂正します。多謝。)
いやなんか、せっかくいいドラマのレビューを書いたのに、最後がシニカルになって申し訳ない。ともかく、今回をもちまして、突発的企画『筆談ホステス』レビューは終了となります。なんだかんだと楽しませていただきました。
ではまた。