今年最後のでっかい山場だ。って、いきなり個人的な仕事の話ですみませんが、この週末から来週にかけてを乗り切れば、あとは年末までなんとかもつ。というわけでいまは余裕もない。前置きは抜きにして一気に本題に入ります。
1. アバン・タイトル(残り分)
白いマンションの白いダイニング。花瓶の花、耐熱ガラスのティーポットの紅茶、それにトーストのジャムといった、わずかに添えられたアクセントを除けば、本当にすべてのものが白く滲んで見えるソフトフォーカスの画面。そのなかで、淡いブルーのパジャマを着た亜美が、一人だけど楽しそうな朝食を楽しんでる。同じ朝の食卓でも、月野家の喧噪とはえらい違いだ。
今日は休日で、これからクラウンで「月野さん」と「レイさん」と会う約束なのだ。といっても、話題は妖魔のこととか幻の銀水晶のこととかで、話が終わればそそくさと塾に行くのだろう。でも「三人でいるのは何となく嬉しくて、私は、初めて友達って呼べる人たちと一緒にいるのかもしれません」と胸の内でつぶやく亜美にとっては、それだけで心おどる一日の始まりだ。
そこに最初の不協和音が入る。これも白いオーディオセットから流れるラジオの星占い。この声は後で「本当の友達になれる本」の朗読を担当されている沢海陽子さんだろうか。
DJ「さて今日の星占いです。まずはわたくしの星座、乙女座から。おおっ、友人関係に要注意。あなたが思っているほど、友だちとの友情は強くないかも。う〜ん、思い切って再確認してみましょう。それでは順番にまいりましょう」
亜美の誕生日が9月10日で、このDJと同じ乙女座であることはセーラームーンのお約束だ。実写版の亜美が平成元年9月10日生まれであることも『Special Act』の免許証で確認ずみだ(ここ)。爽やかな朝一番に「あなたが思っているほど、友だちとの友情は強くないかも」なんて言われてしまったわけだが、でも亜美はまだそれほど深刻な表情は見せない。ちょっと眉をひそめる程度で、軽く聞き流している。
朝食がすんで、お出かけの時間。鏡の前で眼鏡をかけてニッコリ。いままでの白一色から一転して、ここで眼鏡ケースの青が鮮やかに視聴者に印象づけられることは、前回に述べた。もうひとつ、水の音にも触れておこう。水槽の水の音は鏡台のところまで届いていて、亜美が眼鏡ケースを開き、度の入っていない眼鏡を取り出すまでの間、さらさらと響いている。そして亜美が眼鏡をかけた途端、それに代わって音楽が入る。このへんの仕掛けも鮮やかだ。さらに言えば、曲は録音番号M20(『DJMoon1』のトラック9「私はお姫様」の2番目の曲)。もともと大島ミチルが「セーラーマーキュリー」のイメージで作曲したスコアである。
木々の緑も落ち葉も豊かな、まるでどこかの自然公園の遊歩道みたいな路を歩く亜美。ここ、どこなんでしょう。そして白いカーディガンに赤と黒のチェックのワンピース、黒いハイソックスという亜美のスタイルは、どうなんですかね。
まあいいや。舞原監督の指定による地味目のスタイルで歩いている亜美は、途中で小さな水たまりに出くわす。あたりに人目がないのをちらっと確認してから、ぴょんと飛び越えて、また満面の笑顔。たぶんこんなことは初めてやったんだろう。そしてこれは、Act.5にとどまらない、実写版の「亜美の物語」全体のテーマを集約したシーンだ。大事なのはあれこれ考えることではなく、ちょっとだけ勇気を出して「飛び越える」こと、そうすれば、きっと笑顔が待っている。
というわけで、ドラマの構成としてはここまでがプロローグである。水槽の音に包まれて目覚め、「友情」について不安な話を語るラジオを聞き流し、度の入っていない眼鏡をかけ、というふうに、今回のエピソードを飾る主要なイメージがひととおり、流れるように重ねられて、最後に、それまでの自分のカラを破って、小さな水たまりを飛び越えるというアクションで、結末が暗示される。ここからが本格的な「今回のお話」の始まりである。
水たまりを越えたところで、道の向こうで何やらにぎやかな声。制服姿の女子生徒が数人、テレビ取材の女性インタビュアーの質問に答えている。みんなの共通のクラスメートか誰かについての話みたいだが、それがもう「勝手に友だちヅラするなっつーの」「この前もさあ、ウチらが話してたときに、いきなり入って来てねぇ」「そうそうそう、そーう」「ムカツクよね〜」なんてひどい言いようである。
亜美は医学部志望でIQ300で、占いなんてものをあまり真に受けないのだろう。だからラジオで「あなたが思っているほど、友だちとの友情は強くないかも」という星占いを聞いたときは、まだ軽く聞き流していた。でもそれから間もなく、今度は同年代の女の子たちのリアルな言葉を聞いてしまった。話題にされている見知らぬ子が、なんだか自分のことのように思えてきて、亜美は激しく動揺する。
そんな亜美の揺れる思い拍車をかけるのが古幡元基だ。なにしろ初期の元基は、ほとんど亀にしか関心のない亀オタクで、一人の亜美を見て無造作に「今日は一人?ケンカでもしたの?」などと問いかけてしまう。ますます不安に駆られた亜美は、ひとまず「え、いえ、待ち合わせをしてるんです」とその場をしのいだものの、結局戻ってきて、古幡に真剣な表情で尋ねてしまう「あのー、仲悪そうに見えますか?」。
ここで主題歌。
2. おじさん目線の継承
てなわけでようやくAパートだ。さてその冒頭なんだけど、カメラはまず天井からのアングルで、亜美がクラウンで一人ぽつりと座っている姿をとらえてから、すーっと降りてくる。クレーンでも使ったのか、ちょっと珍しい撮り方だ。
この構図は、ひとつにはもちろん、離れた位置から見下ろすことで、亜美の所在なさや不安を表現するためのものだろう。しかしそれと同時に、私はちょっと、田崎監督を連想したりもする。
田崎竜太監督はAct.1、Act.2、Act.7、Act.8の全4話を担当しているが、Act.1にクラウンはまだ出てこない。そして残るAct.2、Act.7、Act.8で、クラウンの全景がまず視聴者に紹介される時のショットには、もう誰にでもめちゃくちゃ分かりやすい共通点がある。カメラは必ずクラウンの入り口、階段の上から部屋を見下ろす位置に据えられる。そして階段のサク(手すり)越しに、のぞき見るようにロングでとらえる。それから少女たちの世界に入っていくのだ。この構図、カメラワークには、どういうこだわりがあるのか。
以前も書いた憶えがあるが、『仮面ライダー電王』東映公式HPに載っていたプロダクション・ノートによれば、田崎監督は第1話の打ち合わせの時、デンライナー食堂車のセットについて「デンライナーが走ってる感じを出したい。食堂車は、揺らせるセットにしてほしいんです。カメラを揺らすんじゃなくて、実際にセットが揺れる」というリクエストを出したそうだ。そうじゃないと動いている電車の中みたいな感じにならないからね。カメラの方を揺らすことにすると、監督やカメラマンによって技法が違ってしまう可能性もあるし、イメージが統一できない。
デンライナーの食堂車は毎回出てきて、良太郎やハナやタロスたちがそこで会話したりケンカしたり仲直りしたりする、いわば実写版セーラームーンにおけるクラウンみたいな場所だから、まず最初の段階で、後々まで影響する基礎的な部分はしっかり作り込んでおいた方がいい。そうしておけば、たとえ何かの間違いで水野晴郎が監督することになったとしても、デンライナーは『シベリア超特急』にはならない。そして、こういう部分をきちんと考えられる人だからこそ、田崎監督は毎年の仮面ライダーの第1話と第2話、いわゆる「パイロット版」の監督を任されるのだろう。
だとすれば、同じようにパイロット監督として参加したセーラームーンにおいても、これからずっと登場するクラウンを具体的にどんな空間にするかについて、田崎監督はいろいろ考えたはずだ。そして上に見たショットは、彼の「階段」へのこだわりを意味しているように思う。だって(私は飲み会の二次会ぐらいしか経験がないので多くを知らないが)カラオケボックスってふつう、ドアを開けて階段をずっと下りて、なんて構造にはなっていないよね。
武内直子の原作では、クラウンの秘密基地は、ルナがクラウン(ゲームセンター)の地下に勝手に作ったことになっている。その設定を反映させた、ということもあるだろう。でも同時に田崎監督は、秘密のドアを開ければすぐに入れるだけではなく、そこから階段を段々と下りていった先にある、簡単には手の届かない少女たちだけの「秘密の場所」としてクラウンを設定したかったんじゃないだろうか。で、自分がそういうアイデアを出したんだけれども、撮るときにはいつも、入り口で立ち止まり、サク越しにそっと「美少女たちの聖地」をのぞき込む、遠慮がちでおどおどしたおぢさんの視線になってしまうのだ。これは私などにはたいそう分かりやすい。
そしてAct.5で、階段からではないが、天井からためらうように亜美のもとに降りてゆく舞原監督のカメラワークにも、やはり同じような「おじさんのドキドキ感」を感じずにはいられない。舞原賢三が、田崎竜太によって敷かれた基本路線を継承して、実写版セーラームーンの屋台骨を支えることができたのは、こういう感覚をはじめから共有できていたからではないだろうか。ちなみにAct.3とAct.4の高丸監督がクラウンのシーンを演出するにあたっては、そのような躊躇はいっさい感じられません。
3. 華やぐクラウン 〜Act.14〜
それと、もう一度ご覧いただきたいが、このAct.5の時のメインテーブルって、まだ真っ白なんですね。我々のよく知っている、黄色と青の三日月デザインのテーブルではない。さらに部屋の内装も全体的に白っぽくて、よく言えば質素、悪く言えばなんだか地味である。要するに田崎監督は、クラウンの部屋の基本的な配置はしっかり決めたが、装飾とか内装の細かいところまでは手をつけず、後の監督たちにお任せするかたちで残しておいたわけだ。ではそこに、女の子たちの秘密の部屋にふさわしいあれやこれやのデコレーションを施したのは誰かというと、これもまた舞原賢三であると思う。この話になると、Act.5から話題が離れていってしまうのだけれど、まあいい、ついでに寄り道をしておく。
結論から言うと、舞原監督2巡目のAct.13とAct.14を境に、クラウンの部屋は急にカラフルになる。右の画像はAct.13より。まだ殺風景で、それを多少なりとも華やかにするために、カラオケステージのバックにスポットライトが灯っていて、ご覧のように、四人の戦士のイメージカラーになっている。この、カラオケステージのスポットライトが4色になるのはAct.11からである。
そしてAct.14。四人がクラウンに集まって新年パーティーを開く場面で、クラウンは一気に華やぐ。カラオケステージの脇に風船を詰めたポールが立ち、その隣の壁にはパネルが並び、さらに赤いソファが置かれる。
Act.14の台本は見ていないので分からないが、ここにソファが置かれているのは台本に書かれていたからだと思う。前回Act.13のラストでクンツァイトに術をかけられたうさぎは、パーティーの途中で突然、意識を失う。それでソファに寝かせられてから、地場衛におんぶされて、亜美の家に引き取られる。
そういうシーンが台本に書かれていたので、クラウンにソファが必要になった。舞原監督は考えたね。どういうソファにしようか。いままでのクラウンは、ちょっと華やかさに欠けていた。そうだ、レイの椅子は赤ではなく淡いパープルだったね(前々回参照)。じゃあソファを、くっきり鮮やかな赤にしようよ。
ついでだ。これは新年パーティーなんだから、どさくさにまぎれてほかにもいろいろデコレーションしよう。今のクラウンはちょっと地味すぎるよ。で、以降はそのセットをそのまま使っちゃおう。テーブルも、そうだな、白じゃなくて、セーラームーンのシンボルの三日月型にする。それがいいや。
だがしかし、赤いソファやパネルなどの装飾は出来合いのものを調達して撮影までに間に合ったが、特殊なデザインのテーブルは発注して作らせなければならず、Act.14には間に合わなかった。青と黄色の三日月テーブルが初登場するのは次のAct.15。これでだいたいクラウンの内装は完成する。というように、Act.14を境とするクラウン内装の大幅な変更の影には、舞原賢三がおおきく絡んでいるのである。というのはいつも通り私のたんなる憶測ですからお間違えなきよう。
4. おまけのパソコン問題
この際だからさらにおまけ。上のAct.15の画像、小さくて分かりにくいかもしれないが、ルナがパソコンを叩いている。ぬいぐるみかつネコなのに。まあそれはいいとして、このパソコンは、Act.5のクラウンのテーブルには乗っていない。というか、Act.5で一度クラウンから追い払われた。
さっきの、田崎監督のAct.2、つまりうさぎが初めてクラウンの秘密の部屋を知って、階段を駆け下りていくシーンにも、画像は小さいがテーブルにパソコンが置かれているのが見える。どんな機種なのか分からないものかと、Act.2のクラウンのシーンを確認したのだが、パソコンが大写しになる場面では、いつも妙な黒猫がCGでちょろちょろ前を動いていたので、よく分からなかった。邪魔だよ。そして続く高丸監督のAct.3とAct.4でも、パソコンはそのままテーブルに置きっぱなしである。
しかしこれら最初期のエピソードで、このパソコンが実際に使われた形跡はいちどもない。そこで舞原監督は、じゃあこれいらないよね、とばかりに、パソコンをどこかに片付けてしまったのだ。というわけで、Act.5とAct.6のクラウンのテーブルはさっぱりして、パソコンは部屋のどこにも見えなくなった。さらに続くAct.7でも状態はそのままだった。つまり田崎竜太監督も、舞原賢三によるパソコン撤収案を認めたということだ。当然、Act.8でわざわざ復活させようとも考えていなかったはずだ。
こうして、クラウンのパソコンは姿を消してしまった、かに思われた。当然、ところがAct.8の台本が届くと、その冒頭あたりに次のように書かれていたのである。(以下、台本の内容のみ、私の妄想ではなく、M14さんからお届けいただいた台本の現物に基づく事実です。)
(シーン2)
亜美、レイ、まこと、ルナがいる。
亜美はノートPCを広げてキーを叩いている。
画面には『セーラーVについてのまとめ』とある。
台本では「ノートPC」とある。イメージ的には亜美の持ち物だろう。なんてったって亜美のノートPCは、Act.14でうさぎの血圧やら心拍数やらも計ったりしていた優れものである。が、これを読んだ田崎竜太は「どうせクラウンでパソコンを使うシーンなら、あれをもう一度出そうよ」とスタッフに言った。
そんなわけで、Act.5で舞原監督によって撤去されたパソコンは、Act.8で危うく廃棄処分をまぬがれ、その後も不定期に姿を見せるようになる。そして、Act.11では亜美とレイが、このパソコンを通じてネットで「星のまつり ゲストはV」という謎のイベントの告知を発見したり、Act.15のルナが、やはりネットで連続行方不明事件(エナジーファーム事件)の情報を収集するなど、それなりに活用されるようになるのである。もっとも舞原監督は、最後までガンコに出さなかったんじゃないかと思うが、これはまだ未確認です。
というわけで、どんどんAct.5から話が離れていっちゃったね、と最近は開き直り気味の私である。ではまた次回。