実写版『美少女戦士セーラームーン』ファンブログ


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【第14回】涙の予告編秘話、そしてまことキャラクター脳内補完計画の巻(Act.8)


 ううっ(涙)。見逃してしまった。くやしい。Act.8なのに。「行くよー」「行けー」なのに。
 翌日までに提出しなければならない書類のことを忘れていた。そのあたりがケチのつき始めだった。しかも当夜は仕事がらみで欠席できない飲み会があった。一次会で勘弁してもらったが、それでもけっこう遅い時間の帰宅となった。風呂に入り、さて「【プランA】いったん寝て、2時45分に起きて再放送を観る。それから書類を書く」「【プランB】いまから2時45分までに書類を仕上げて、再放送を観て寝る」のどっちにするか、と少し考えてからプランBで行くことにした。仕事を片づけてさっぱりした気分で実写版を楽しみたいものね。それでまずノートソコンを開いて夜なべ仕事を始めた、つもりだったのだが、どうも自覚していた以上に酒が回っていたらしい。
 ふと気づいたときにはダイニングの机に突っ伏していた。時刻は午前4時。なんてこった!パソコンの画面には日本語になっていないグダグダの文章が数行続いて、最後は「彩夏の」という言葉で終わっていた(実話)。彩夏の、彩夏の何だろう。
 そんなわけで泣く泣く朝まで書類を書いていたLeo16です。一週間ぶりの更新なのに、いきなり盛り下がりきっていてすみません。
 実はこのAct.8の再放送には気になる問題があった。初回の放送を録画している方はご存知だろうが、今回のラストの予告編は、初回放送と現在市販されているビデオで内容が違うのだ。初回放送バージョンは、予告編の最後に、主題歌CD視聴者プレゼントの告知が入っている。ビデオ版はそれをカットしたぶん、予告編そのものにシーンを追加して、初回放送バージョンより長くしている。その辺はチェック済みだった。
 この際だから両者の違いをぜんぶ分かるようにしておく。ビデオ版はDVDによる。まさかVHSが別バージョンということはないだろう。

初回放送時<予告編ショートバージョン+プレゼント告知>


【予告シーン1】


  

クラウンでまことに「うさぎ、あんたまさか、タキシード仮面のこと」と言われ、どきっとするうさぎ。


【予告シーン2】


  

タキシード仮面に扮したうさぎが「私はここだ!つかまえてみたまえ」


【予告シーン3】


  

マーキュリー&ジュピターVSネフライト「逃げても無駄よ」


【予告シーン4】


  


タキシード仮面「オレが何者であるかを知るために」
セーラームーン「どういうこと」


【プレゼントコーナー】


  


クラウンで制服姿の四人。
うさぎ「この番組の主題歌『キラリ☆セーラードリーム』のCDを」
亜 美「抽選で50名様にプレゼント」
(応募要項などのテロップが映る)
レ イ「はがきに住所・氏名・年齢・電話番号」
まこと「番組の感想を書いて応募よろしく」
うさぎ「みんなの応募を」
全員「待ってるよ!」


  

市販ビデオ<予告編ロングバージョン>


【予告シーン1】


  


クラウンでまことがうさぎに「うさぎ、あんたまさか、タキシード仮面のこと」放送時の予告シーン1のロングバージョン(問いかけるまことと、どきっとするうさぎの間に、レイと亜美のアップが挿入されている)。


【予告シーン2】


  


教室。なるちゃんがうさぎに「いるんだ、好きな人」(ショートバージョンにはなし)


【予告シーン3】


  


地場衛のモノローグ「幻の銀水晶、どんな手を使っても…」夢の中のプリンセスのシルエット(ショートバージョンにはなし)。


【予告シーン4】


  


タキシード仮面に扮したうさぎが「私はここだ!つかまえてみたまえ」放送時の予告シーン2のロングバージョン(うさぎを見てはっとする警官姿のまことのアップを追加)。


【予告シーン5】


  


マーキュリー&ジュピターVSネフライト。放送時の予告シーン3のロングバージョン(「逃げても無駄よ」の前に、二戦士がネフライトのところにジャンプして登場する場面を挿入)。


【予告シーン6】


  


曲の構想を練り、譜面を書くゾイサイト「タイトルは『プリンセスへのレクイエム』か」(ショートバージョンにはなし)。


【予告シーン7】


  


セーラームーンとタキシード仮面「どうして」「オレが何者であるかを知るために」「どういうこと」放送時の予告シーン4のロングバージョン(最初のうさぎの問いかけ「どうして」を追加)。


 今回の再放送では、視聴者プレゼントがあるとはまず考えられないから、ビデオのロングバージョンを流す可能性が高いが、あるいは初回放送バージョンを「この番組は再放送ですので、プレゼントの応募は終了しています」というテロップをつけてそのまま流す可能性だってなくはない。
 それからもうひとつの問題。初回放送時には毎回最後に、戦士たちが順々にポーズをとって、最後にセーラームーンがポーズを決めようとすると、それをさえぎってルナがアップで映り、怒ったセーラームーンに追っかけられる(以上のシーンにかぶせてスポンサー名が表示される)というエンドタイトルが流れていた。このエンドタイトルは市販ビデオでは省略されている。でも、この日記の第1回目で書いたように、今回の再放送では毎回流れている(ただし初回のようなスポンサー表示はない)。ということは今回もこれは流れるはずである。
 ややこしい話だが、要するにこういうことだ。

<初回放送時>
予告編ショートバージョン(プレゼント告知あり)→エンドタイトルあり(スポンサー表示あり)。

<市販ビデオソフト>
予告編ロングバージョン(プレゼント告知なし)→エンドタイトルなし。

<再放送(推定A)>
予告編ロングバージョン(プレゼント告知なし)→エンドタイトルあり(スポンサー表示なし)。

<再放送(推定B)>
予告編ショートバージョン(「応募は終了しました」の字幕と共にプレゼント告知あり)→エンドタイトルあり(スポンサー表示なし)。

 今回のAct.8再放送が推定A、つまりロングバージョンの予告編にエンドタイトルがついたものだとすると、この組み合わせはDVDでも見ることのできないもので、もちろん地上波初登場だ(たぶん東映チャンネルですでに再放送されたときと同じだろうと思う)。推定Bの場合は、これはこれで、現在のビデオではカットされている視聴者プレゼントコーナーが入っていて、非常に貴重である。ドラマのなかの制服姿で、四人が揃って笑顔で笑っている動く映像というのは、そんなにないだろう。ようするにどっちみち興味津々だったのである。ああそれなのに(再び涙)。
 まあ仕方ない。次回のAct.9も初回放送時には最後にカレンダーのプレゼント告知があったから、同じように処理されているはずだ。次回は寝ないようにしよう。


 それからもうひとつ本編と関係のない報告をしておきます。前回の日記で、先週の再放送から突然、番組開始時に「部屋を明るくして離れたところでご覧ください」というキャプションが出た話をした。その理由がだいたい分かった。分かればたいしたことでもないのだが、タイトルで「異常事態発生」などと騒いだ手前もあるので、書いておきます。
 例のポケモン事件以来、民放各社は「アニメーション等の映像手法に関するガイドライン」なるものを設けた。「テレビ番組やCMなどで1秒間に3回を超える光の点滅は避ける」という内容だ。ところが昨年に放送された通販(テレショップ)番組のなかに、その規定を越える点滅場面があったという。それが発覚したのはこの春になってからのことで、民放各社は改めて自局の放送コンテンツをチェックした。そうしたら名古屋の建設会社が作ってゴールデンウィークに放送していたCMに、やはりこの規定にひっかかるものがあったそうなのである。というわけで、名古屋のローカル各局はいま、チカチカ点滅場面の入る番組に、かなり神経質になっている。だいたいそんなところだ。もちろん実際に誰かが倒れたとか、気分が悪くなったというクレームがついたわけではない。セーラームーンとも直接の関係はない。まあ一件落着である。



 なんか前置きだけで長くなってしまった。すみません。気を取り直して、翌日ビデオでAct.8を鑑賞しました。
 まずテーマソング後の冒頭シーン。この5分ほどで今回のテーマ(レイとまことの対立)とメインイベント(ナコナココンテスト)が全部きっちり説明される。こういうきびきびとした展開は、やっぱり田崎監督の持ち味だなあ。
うさぎに呼び出されてクラウンに来たのに、当のうさぎが来なくて待ちくたびれた様子の三人。「おっそいなあ、うさぎ……ちょっと、様子みてくるわ」そう言って外へうさぎを探しに出ようとするまことに「大丈夫でしょ、もう子供じゃないんだから」と、レイが声をかける。

 「けど、うさぎのことだから、なんかドジ踏んでるのかも」と軽くいなすまことに、レイはさらに「そこまで行くとお節介なんじゃない」とカラむ。肩をすくめて「悪いと思わないけどね」と椅子に戻るまこと。
 そこへうさぎが「ねえねえ!聞いて聞いて!」と大騒ぎでやってくる。みんなを呼び出した目的は、愛野美奈子がデザインしたマスコットキャラ「ナコナコ」のなりきり仮装コンテストが開催されるという話をするためだった。「このコンテストになんと!美奈子が審査員で来るんだって。優勝商品は、コンテスト限定のナコナコぬいぐるみなんだよ。欲しーい!」
 でも、もちろんレイは「そんなことで呼び出したの。勝手に出れば」と冷たい。亜美も「塾があるから、それにセーラーVのことも調べたいし」と断る。そしてまこと。まことは美奈子ファンで、たぶん行ってみたい気持ちが少しはある。でもうさぎに便乗して美奈子のサインをせしめるようなミーハーぶりを発揮するのは、もう少し後の話だ。いまは「ガラじゃない」と思っているから「興味ないな」なんて、やはり素っ気ない。
 さあここでトラブル発生だ。みんなに断られてカバンから問題集を出すうさぎ。


  


うさぎ「じゃあ、お願いっ。助けて!」
三 人「え?」
うさぎ「実は、こないだ出た宿題、せっかくやったのに、間違ってノート捨てちゃったんだよね」
三 人「ええっ!」


  


うさぎ「あさって提出なんだけど、コンテストもあさってだし、これやってたら準備間に合わないよ。お願い!手伝って」
レ イ「なにやってんのよ」
まこと「ったく、しょうがないなあ(さっとうさぎの問題集をとりあげ)じゃあ4人でページ数、割って……」


  


レ イ「私はお断り」
まこと「えっ」
レ イ「うさぎ、自分の失敗は自分で取り返さなきゃ。すぐ人に頼るのは良くないわよ」
まこと「うさぎだって分かってるよ。でも困ってんだから、助けてやるのが仲間だろ」
レ イ「面倒見過ぎるのはお互いにマイナスよ。強くなれないもの」


  


まこと「助け合って強くなるんだよ」
レ イ「ひとりひとりが強くなるべきよ」
うさぎ「待って待って。ごめん、私、自分でやる。忘れて、ね」
まこと「冷たいんだな」

 というわけでレイとまことのガンの飛ばし合い。うさぎはそれを冷や冷やしながら見守っているが、北川景子と安座間美優という、この時点で組ませるには少々リスクの多い二人の芝居を見せられるこっちだって、別の意味で冷や冷やもんである。段取り芝居VSハードボイルド演技、ガチンコ勝負。前にも書いたが、この段階での北川景子は、演技力という点から見ればまだまだこれからの人である。安座間美優に至っては、あれから二年半を経たいま現在でさえ、まだまだこれからの人である。ひょっとすると将来もずっと、まだまだこれからの人なのかも知れない。夢があるって良いことだ。
 それはともかく、このシーンを観ていると、さすが田崎竜太、やっぱりあんたはうさぎの父親だよ、と思う。
 常識的に言って、そんな理由で宿題をやってもらおうとするうさぎは、やっぱり仲間に甘え過ぎである。彼女の性格からして嘘をついているわけでもないだろうが、だいたいノートを間違って捨てちゃったなんて言いわけ、普通は信じてもらえないよ。だからまともに考えれば、またあんたがトラブルの原因をもちこんだか、ということになる。

 でも田崎監督は、前回のラストにもレイとまことに言い争いをさせ、今回も、うさぎが来る前に軽い前哨戦の場面を入れて、まあ遅かれ早かれこの二人は全面衝突するだろうなという険悪な雰囲気をつくっておく。そこでうさぎを登場させるので、うさぎがすべての元凶という印象は、かなり薄くなる。このへんは、亜美に感情移入するあまり、うさぎをちょっとした悪役に仕立ててしまったAct.5の舞原演出とは対照的である。
 特に、うさぎに対するレイの語りかけ方に、監督の演出意図がはっきりうかがえる。「しょうがないなあ」とすぐにうさぎに救いの手を差し伸べるまことの甘さと対比させるなら、ビシッと叱りつける「恐いレイちゃん」でもよかったはずである。しかしそうすると、次に二人の言い争いを見たうさぎが前言撤回して「ごめん、私、自分でやる」と言い出すのが、結局この二人を仲違いさせないための手段にしか聞こえなくなる。うさぎ自身が反省したという感じが弱まるのである。
 そこで監督はレイに、決して頭ごなしに叱りつけたりせず、うさぎのためを思ってあえて言う、というニュアンスで「すぐ人に頼るのは良くないわよ」というセリフを言わせている。そのために、厳しさよりも、むしろある種の思いやりと「うさぎなら分かってくれるはず」という信頼感の方が伝わってくる。

 これを受けるうさぎは、当然、しおらしい表情で聞いているはずだ。でもそれをそのまま画面に映すと、話の流れからして、反省しているというよりも、やはりレイに怒られてしょげているという感じになってしまう。だからレイのセリフを聞いているうさぎの顔は出さない。レイは向こうからこちらに向かって語りかけ、それを聞いているうさぎは、後頭部しか映らない。そして表情がわからないぶん、うさぎにもちゃんとレイの気持ちは届いて、反省したんだろうな、そういう素直なところがうさぎの良さなのだから、と想像する余地ができるのである。
 そんなわけで結局、このシーンでいちばん目立つのはまことだ。というか、今回のエピソードのカナメとなる人物はまことである。
 であるのだが、うーん。これ以上は言うまい。以降の展開を追うには、まことという子のキャラクターをもう一回よーく考えて、脳内補完して安座間美優のセリフ回しに色をつけなければならない。なんでそこまで努力しなければならないのかは、問わないでくれ。

 まことの基本キャラクターは「情にもろく、行動派」である。困っている子がいれば放っておけない。すぐにどうにかしてやらなくちゃ、と思う。反面、冷静沈着な判断力に欠ける。どのような状況か、とか、これをやったらどういう結果になるか、などと立ち止まって考えるよりも先に、まず手が出る、足が出る。それで乱暴者の風評を立てられても、ややこしいことは苦手なので、いちいち弁解はしない。人間関係がまずくなってきたら、ぜんぶ投げ出して去ってしまえる。この「いつでもぜんぶ投げ出して去ってしまえる」という感覚が、彼女のさばけた性格をつくっている。そしてそれが、決して恵まれていたとは言えない彼女の生い立ちに由来している、というところが面白い。
 まことは幼いころ両親と死別し、その後は兄弟姉妹も身寄りもなく、あちこち転々としてひとりで育ってきたという。ある意味レイや亜美よりも重い境遇なわけだが、でも親を失った心の傷については、さほど語られない。
 確かに初登場となるAct.6では「いつも、最後は、一人だ」のセリフと共に、彼女の孤独が描かれてはいる。しかしそこでは両親、先輩、同級生、先生といった人々との別れが、ほぼ同等に扱われている。つまり親との死別は、彼女が経験した様々な別れの、最初の一コマという以上に特別あつかいされてはいない。そこが、親との複雑な心理的葛藤を引きずって苦しんでいるレイ(や亜美)と違うところである。
 それに生活が苦しかったりした様子もあまり感じられない。実は生活費をどうしているのかはさっぱりわからない。原作によれば両親の死因は飛行機事故だそうだから、保険金とか賠償金とかがあるのかも知れない。まあともかく、経済的に深刻な問題もなさそうだし、炊事、洗濯、裁縫、掃除といった、一人暮らしに必要なことはどれも得意わざである。ひとりで生きていくことには困らない。
 つまりまことの天涯孤独な境遇は、淋しさつらさを感じさせるものではあろうが、同時に、妙なしがらみや、ややこしい人間関係から彼女を解放してくれてもいるのだ。そして今回のエピソードの主題は、そういうまことのもつ自由さ、開放感が、一陣の爽やかな風としてレイの心に吹き込み、感情の泥沼に沈みかけていた彼女を救出するところにある。

 まことは、幼いころから両親を知らず、一人で生きてきたからこそ、父親との葛藤を告白したレイに「もういいじゃん」と言えるし、直情的な行動派だからこそ、くよくよ考え込むレイを風のようにさらって行くことができる。「行くよー」「行けー」いやなことはとりあえず全部忘れちゃえ。いまレイの心をそんなふうに癒すことができるのは、まことだけなのだ。両親ともに健在なうさぎでは、レイにそこまで割り切った言い方はできないし、レイと同じ思索型の亜美には、ぜんぶ放り出して逃げちゃえ、なんて考え方はできない。それに二人ともけっこう同情するタイプだしねえ。でもプライドの高いレイに下手な同情は禁物なのだ。
 レイは冒頭で、いらぬお節介焼きで、後先考えずに行動するまことの思慮のなさを非難する。でもそんなまことだからこそ「誘拐ではないか」と思い立ったら後先考えずにレイを追ってきたのだし、ホテルの部屋に強引に入り込み、くよくよするぐらいなら逃げちゃおう、と即座に脱出計画を実行できたのである。相手がうさぎだから甘いんじゃないんだ。誰に対しても、私にもこんなにストレートなんだこの子は。なあんだ。と思わずレイも笑っちゃって、一緒になって脱走計画を楽しんじゃったのである。
 その思い立ったら一本ヤリな性格の前には、いったいどうやってレイの車を追いかけたんだとか、ホテルのルームサービスの人はどうなったんだとか、そういう辻褄あわせはどうだっていいのである。よくわからないがどうにかしちゃったのだ。それがまことだ。うーんその辺のニュアンス、もう少し頑張れなかったか安座間。でもまあいいや(結局それかい)。

 いつものように長くなったので、このくらいにしておくが、最後にひとつだけ。このAct.8は、これまでポスターなどの間接的な形でしか本編への出演がなかった愛野美奈子の、本格的初登場の回でもあることをゆめゆめ忘れぬよう。セーラーVはAct.1から出ていたではないか、などということは決して言わないように。セーラーVと全面顔出しの美奈子では、ありがたみというものが天と地ほども違う。なにしろ小松彩夏なのだから。だからセーラーVの初登場回と美奈子の初登場回とは区別して考えるべきである。そうか、ひょっとして私はこれが言いたくて「彩夏の」と書いたのかな。


(放送データ「Act.8」2003年11月22日初放送 脚本:小林靖子/監督:田崎竜太/撮影:上赤寿一)