実写版『美少女戦士セーラームーン』ファンブログ


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【第213回】DVD第2巻:Act. 6の巻(その6)

1. 悪い、また長い前置きだ



右の写真は2009年7月27日付け『Keiko's Blog』から。「今日の写真はこのblogを控室で書いている時の様子です」という説明が添えられている。マネージャーさん撮影だって。
しかし、いったい何を使ってブログを書いているのだろうか。むこうを向いているのでよく分からないが、ノートPCを開いているのではなさそうだ。この前日の7月26日のブログの冒頭に「久しぶりにパソコンでブログを作っています」とあったから、北川さんは、普段はそんなにパソコンを使ってブログを書いたりしないのだと思う。
ではケータイか?使ったことがないので皆さんにお聞きしたいが、北川ブログのような文章って、ケータイで打てるものなのだろうか?
私はこの写真、控え室のテーブルに向かって、大学ノートに日記を書いているところと推測する。いや別に大学ノートでなくて、ハローキティのノートでもいいんだけど、要するに北川さんは、ふだんノートに手書きで日記を書くんじゃないかと思うんだ。それを別な人が、校閲をかねて清書してブログにアップするんだろう。そしてたまには自分でパソコンから入力する。
まあとにかく、北川さんにはそういうレトロな雰囲気があって、昭和の空気を身にまとっている。そして山Pも。3年前「北川景子と山下智久で『愛と誠』のリメイクが観たい」と書いたのも(第45回)つまりそういうことが言いたかったんだ。

あっそうだ。ぜんぜん関係ないが、こんな機会も滅多にないので、映画版『愛と誠』の話を少しさせてください。この作品は松竹系で、1974年7月に研ナオコ主演『にっぽん美女物語』と二本立てで公開された。梶原一騎の人気劇画の実写映画化、しかも当時その人気の絶頂期にあった西城秀樹の主演ということで大いにヒットしたんだが(ヒロインはこの作品のためにオーディションで選ばれて、本作の役名をそのまま芸名にした早乙女愛)私にとっては山根成之の度肝をぬく画面構成で忘れられない作品となった。
ひとつだけ例をあげておく。下校のシーン。早乙女愛がさっさと帰ろうとする誠(西城秀樹)をつかまえ「卑劣よ、あなたのやり方」とか非難する。ここまでの背景は、雪が降り積もった路地裏の普通のセットで、あたり一面まっ白。ところが次にカットが変わり「そんなオレに誰がしたと思う。この傷をつけた奴なんだぞ」と、ヒデキが、かつて彼女のために負ったオデコの三日月傷を見せつける場面になると、背景はなぜかいきなり真っ赤っかに。どうして?当時小学生だった私は唖然とした。
それから5年ほど経って高校生になった私は、名画座の鈴木清順特集で、任侠映画『関東無宿』(1963年、日活)を観て「あっ!」と思った。雪の降る夜、敵対する組になぐりこみをかけた小林旭がドスをひらめかすと、真っ白な障子がバタンと倒れて、セットの向こうは真っ赤なホリゾント。この呼吸は、まるで『愛と誠』のあれじゃないか。

もちろん、これは私が観た順序が逆なのであって『愛と誠』が『関東無宿』をマネしているのである。山根成之監督が鈴木清順の大ファンで、『愛と誠』は全体的に、人気劇画の映画化っていうより、清順の『けんかえれじい』に捧げられたオマージュみたいな作品だった、なんてことを知ったのはだいぶ後の話だ。しかしまあとにかくそういうわけで、私にとって「清順タッチ」の何たるかは、本家ではなく山根成之の『愛と誠』によって刷り込まれた。

それからさらに20年以上経って、私は『快盗ブラック★タイガー』(2000年、タイ、ウィシット・サーサナティヤン)という日活無国籍アクションふうの西部劇を観た。西部劇と言ったって、舞台はタイの田舎町、時代は1950年代というアクション・コメディである。
この映画が、またどこもかしこも、見るからに清順っぽいケレンに満ちている。主人公が宿敵と初めて対峙するシーンの背景は、まるで書き割りのようなへんてこりんな太陽だ(ていうか書き割りなんだが)。ヒロインのお屋敷の玄関というかエントランスは、左右対称でしかも一階と二階がピンクとブルーに塗り分けられていて、その真ん中のレッドカーペットを、濃い青のドレスをまとったヒロインがしずしずと降りてくる。最後の対決シーンは、おそらく清順の『東京流れ者』の真っ白なセットを意識したんだろう、あれと対照的な真っ黒い空間に、見るからに人工的な雨を降らせて繰り広げられる。
しかし思うのだが、私とほぼ同年代のウィシット・サーサナティヤン監督は、おそらく本物の清順作品にたどり着く前に、まず山根成之の『愛と誠』の洗礼を受けたんじゃないだろうか。だってこれ、どういう話かというと、主人公は田舎の貧乏な少年で、幼いころ、都会からやって来た金持ちのお嬢様を守ろうとして、ひたいに三日月マークの深い傷を負ってしまう。それがきっかけで転落の人生をたどり、とうとうブラック・タイガーと呼ばれる盗賊に身を落とす。そこで運命のいたずらでお嬢様と再会し、お嬢様は彼へのつぐないを決意する……という、まんま『愛と誠』なメロドラマなんである。
この『快盗ブラック★タイガー』はカンヌ映画祭に正式出品された初めてのタイ映画ということで、日本でも話題になった。で多くの観客が、この作品に鈴木清順の影響を感じとった。監督も、来日した時のインタビューで、そのことをけっこう聞かれたらしくて、日本版DVDに入っている監督インタビューでも、鈴木清順から受けた影響について自ら積極的に語っている。一方、我が国の批評や紹介では、しばしば「まるで『愛と誠』みたいな話」という紹介のされ方もしている。
でも、この両方を結びつける山根成之監督について言及したレビューは、私の目に触れた限り、ひとつもなかった。それはちょっと淋しい。山根成之(1991年没、享年55歳)といえば1970年代、由美かおるの『同棲時代』に始まり、郷ひろみや西城秀樹や浅田美代子や松坂慶子の主演作品を撮った、アイドル青春映画の職人である。70年代アイドル映画を語るうえでは、当時すでにベテランだった西河克己と並んで、外すことの出来ない存在である。もう少しちゃんと扱ってあげて欲しい。
というわけで、本題に関係のない話に熱がこもってしまった。みなさん済みませんでした。お詫びのしるしに、話を『ブザー・ビート』第3話に戻して(「戻して」もなにも、そんな話はしていない)5年ぶりにようやく果たされた夢の共演の瞬間をどうぞ。


  

  いるいる、同じ場面に。


じゃ、そろそろ中断していたAct.6のDVDレビューを再開しよう。

2. 安座間美優デフォルト状態


どこまで行ったんだっけ。なんかAパートを行ったり来たりだったね。じゃちょっと重複するけど、お昼のお弁当のシーンあたりから。
最近のブログで「これだけは譲れない!(妥協したくない)って言うものありますか?」という質問に「…ポテチは箸で食べる!家での食事は箸。アイスも箸」と答えた沢井美優だが(2009年7月31日)、そんな彼女とは裏腹に、月野うさぎはお弁当に箸を持参しない。今日もフォークだけを手に、なるちゃんたちと教室でお昼を食べている。すると廊下を通り過ぎる、見おぼえのある背の高い人影……。

桃子「聞いた?あの子前の学校で喧嘩してケガ人出しちゃったらしいよ。それで転校してきたんだって」

ふうん、という表情で見送るうさぎにはもちろん気づかず、まことはそのまま屋上へ。
友達もいないし、手作りの可愛いお弁当を誰かに見られるのが恥ずかしいまことは、たぶん転校する先々の学校で、お昼休みは屋上へ上がっていたのだろう。ところがこの学校には珍しく先客がいた。亜美だ。亜美ちゃん、今日はサンドイッチじゃなくておにぎりです。
ぎこちない初対面の挨拶を交わしたあとは、お互い無関心なふうを装っている二人だが、少なくとも亜美が興味津々だったことは、このエピソードをもうちょっと先まで観れば分かる。

亜美「あの人のお弁当、隠してたけど、手作りでとっても可愛かったよ。すごく女の子してた」


なんとっ!変身前から戦士の能力を発揮できるのは、霊感少女のレイだけではなかった。これだけの距離をものともせず、亜美がまことの弁当の中身をのぞき込めたのは、前回のポヨン妖魔との戦いで身につけた「目を閉じても相手の所在が分かる」能力をさらに磨いて、一種の千里眼の域にまで高めたということだろう。しかもすでに、変身していなくても、その能力を駆使できるレベルに達しているのだから、やはり亜美は相当な努力家である。

う〜んでも、あるいは亜美のダテメガネは、実はアニメ版の変身後の亜美がしていたようなゴーグルで、それを使ってまことの弁当の中身をサーチした、という可能性も考えられなくはないね。そうだ、ついでなので、アニメ無印第25話「恋する怪力少女、ジュピターちゃん」に出てくるまことの弁当も紹介しておきますね。
で、次は下校のシーンだ。周囲があることないこと、無責任な噂話をばらまいているなか、涼しい顔ですべてを無視して学校を出て行くまこと。でも決してなにも感じないわけではない。校庭のかたすみに屹立する一本の樹を見上げながら、私もこの樹のように、誰にも頼らず、立っていかなければ、と思いながら、やっぱりその孤独な姿は淋しげだ。……というシーンのはずだが、安座間さんが三白眼で中空をにらみつけているだけにしか見えないのは、まあご愛敬である。
この時点での安座間美優には、浜千咲の水野亜美が最初からにじませていた孤独感も、北川景子の火野レイが醸し出していたエキセントリックな空気もなくて、放っておくと何も表情がない。そのハードボイルドさ加減が「謎の転校生」には似つかわしいんだが、反面、スタイルが良くて美少女な安座間美優には、どうしてもおっかなそうな雰囲気がない。本当は「暴力沙汰を起こして前の学校を追い出された」ってウワサ、ひょっとしたら本当かな、とまわりが疑うくらい「実はスケバンかも」的な危険なオーラを、少しは身にまとっていて欲しいんだが、このときの安座間さんにそれを期待するのは無理だ。

でもそうじゃないと次のシーンで「そんなにヤバそうな転校生が相手でも、何の屈託もなく声をかける」うさぎのキャラクターと笑顔が引き立ってこないんだよね。うさぎだけは、一度自分がピンチを救ってもらったから、この人は善い人に違いないと、ただひとり、まことのふところに飛び込んでいくのだ。このまっすぐさがうさぎの持ち味だ。前回のエピソードでは、そういう性格がアダとなって亜美を傷つけてしまっただけに、今回は少し名誉挽回させてやらなくちゃいけない。なにしろ主役なんだから。
が、しかし、話は戻って、現段階の安座間美優には、沢井美優のキャラクターを引き立てるための芝居なんてむずかしいことは、できそうにもない。そこで舞原監督は、本人ではなくまわりに演出をつけた。授業を終えたまことが廊下を歩くと、波紋が広がるように周辺の生徒たちが身を引き、遠巻きにちらちら見ては、ひそひそ話をする。そんな反応のなかに置けば、安座間さんの無表情にも、多少のすごみを付加できるというわけだ。ナイスフォローである。
とにかくそんなふうに、このAct.6の安座間さんは、まだ木野まことになっていない、初期設定の安座間美優のままである。小林靖子はかつて、いちばん描きやすかったキャラクターはまことだと語ったそうだが、それはこういうことも関係しているのだろう。脚本家としては、このデフォルト状態の安座間美優を、自分のやりたいように木野まこととしてカスタマイズしていけばいいのである。

3. 美優美優対決フットウェア編


というわけで、うさぎと二人で下校することになった安座間美優、じゃなくて木野まこと。転校初日から声をかけてくれる子がいるなんて、滅多にあることじゃないんで、ハードボイルドなりに、表情はちょっと明るい。二人が対話しながら歩いているのがいつもの赤羽緑道パークブリッジではなくて新河岸川の中の橋なのは、段差を利用してまこととうさぎの身長差を演出したかったんだろう。ということは【第208回】の最後のほうに書いたとおりだ。こっちよ!さんからは、この橋がジュピターカラーの緑色だということもあるだろう、というご指摘をいただいた。そうだね。繰り返しになってしまうけど、流れなのでもう一度このときの会話を引いておこう。


うさぎ「おんなじ学校だったんだね。昨日はありがと」
まこと「ああ、別に」
うさぎ「何?」
まこと「いや、話しかけてきた子、初めてだから」
うさぎ「ああ、あの噂?私は信じられないな。そんな人に見えないし。あれ嘘でしょ」
まこと「どっちでも。弁解する気ないから」
うさぎ「男らしいんだね」
まこと「よく言われる」

うさぎ「あ、私、月野うさぎ」
まこと「うさぎ!?へぇ。私は木野まこと」
うさぎ「じゃあ、まこちゃんか」
まこと「え」
うさぎ「もうここら辺、慣れた?」
まこと「そっそうだな…買い物とかがまだ、ちょっと」
うさぎ「ウソ!じゃあ案内するよ」

この場面、私は好きだなあ。何度も見てしまう。「あれ嘘でしょ」と、好意的なうさぎから言われても「どっちでも。弁解する気ないから」とクールなスタンスを崩さないまことも良いし、「あ、私、月野うさぎ」と自己紹介されたときのまことのリアクションも良い。これ、「月野うさぎ」なんて、常識では考えられないような名前で自己紹介されて、どういう表情で対応すればいいか考えよ、なんて宿題を監督から出されたら、たとえば北川景子だったら2日か3日は悩むだろう。でも安座間美優はよく分からないからよく分からない曖昧な笑顔を浮かべる。北川景子も結局似たような結論に達するだろうが、3日間考え詰めたエネルギーがほとばしり、勢い余って変顔になるだろう。
それと、いきなり「まこちゃん」とニックネームをつけられたときのとまどいぶりも、まことと言うよりは安座間美優その人である。
前回の小松彩夏出演映画リストに『ETO』という、うすた京介の漫画のアニメ化作品があったが、うすた京介の出世作となった『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』の第1話で、転校早々、主人公の藤山起目粒(ふじやま・おこめつぶ)は「フーミン」というアダ名をつけられる。本名とはまったく関係ないし、つけられた側にとっては迷惑な話なのだが、でもなんか、それでこそ青春ドラマって感じがします。実際に「転校生を友達として受け入れるためにアダ名をつける」という行為があるのかどうかは知らないが。
ともかく、いつもの転校なら、初日はだれとも話なんかしないで終わってしまうところが、今回は、うさぎと知り合ったばっかりに、いきなり「まこちゃん」とアダ名をつけられるは、「ウソ!じゃあ案内するよ」とを商店街に引っ張り込まれるは、完全にうさぎのペースに巻き込まれて、調子がくるっちゃうまこと。
ここから先は別に説明とかいらないね。あちこちのお店を回る二人だが、メインは靴屋さんで、なぜかおみあし対決だ。うさぎは三足の靴を次々に履き替える。

シルバーの靴には緑っぽいショール、ブーツにはテンガロンハット、赤い靴には赤いバッグを合わせてポーズ。対するみゅうみゅうは二足。赤いブーツには特になにも合わせず、腰に手を当ててポーズ。そしてスニーカーには緑のキャップ。
で結局、勝負はみゅうみゅうの勝ち。って、どういう勝負かはさっぱり分からないんだが、ともかく、ひととおり試着が終わった後、明らかに安座間さんのスニーカーが圧勝、という感じのカットが入る。二人の表情を見ているとそうとしか思えない。

思わず「まこと」じゃなくて「みゅうみゅう」と書いちゃったけど、この一連のシークエンスの安座間美優は、安座間美優であって木野まことじゃない。なんかティーン向けおしゃれ番組のレポーターみたいで、たとえばこのなかに、美脚エステでマッサージを体験レポしている「オモサン」の一場面を紛れ込ませても、ぜんぜん異和感がない。

ないでしょう。あるかな。とにかく、このウインドショッピングのシーンは、誰よりも舞原監督がいちばん楽しんでいるように思えてしまう。

前回、Act.5の最後の「次回予告」では、このシークエンスからの未使用カットがちょっと使われていて、それは、うさぎがまことの唇にリップを塗ろうとしていて、照れたまことが逃げ出す、という場面だった。確言はできないが、おそらく小林靖子の台本では、このシーンはそういう描写が二つ三つ重なっていたんじゃないかと思う。つまり、まことは、本心では可愛い小物や女の子らしいファッションに憧れているのだけれど「私のガラじゃない」からと、そういう面はふだん、他人に見せないようにしている。でもうさぎは、そんなの彼女の思いなど気にもとめずに、可愛いものをあれこれ勧めるので、まことはどぎまぎして照れながらも、ちょっと嬉しい……そんなふうに、ここは木野まこととというキャラクターを視聴者に説明するためのシーンだったと思う、台本レベルでは。
でも舞原賢三は、どうもそういうことには興味がなかったようで、ドラマの話を組み立てるひとつのピースとしてではなく、ただ二人の少女が笑いさざめきながらアクセサリーやコスメをあれこれ試している風景を、純粋に撮ってみたかったんだと思う。確かに愛情こめて撮られていて、その結果、この短い場面は妙なドキュメンタリー・タッチになった。ただ沢井さんは天性の女優なので、そういう撮り方をされても「月野うさぎ」のままだ。一方、安座間さんはもともとこのAct.6ではデフォルト状態から始まっているので、もうここでは「撮影用の衣装でセーラー服を着ている安座間美優のオフショット」以外のなにものでもなく、木野まことのイメージはみじんもない。まあそれでも許せてしまうところが安座間美優の人徳である。

なんか中途半端だが、『愛と誠』に熱が入りすぎて、今週はこのへんで力尽きた。来週へ続く。


【今週のおまけ】M14さんのブログ(ここ)にちなんで、早乙女愛「魔法の鏡」が挿入歌に使われている映画『青春の構図』より。どちらも左から早乙女愛、岡田奈々、秋野暢子。

バスケ映画としては『ブザー・ビート』より面白かったような気もする。


【さらにおまけ】スマイル満開党のもとやんさんが、ウチには初書き込みなのに、おもしろいことをたくさん書いてくださったのに敬意を表して、さらに画像を追加。