実写版『美少女戦士セーラームーン』ファンブログ


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【第78回】さよなら〜sweet daysの巻(Act.47)


 今回は、ちょっとこれ以外のタイトルは思いつかない。
 いよいよ美奈子ともお別れである。結局なんの病気であったのか、ついに語られずじまい。それでいい。もともと子ども番組なのだ。Act.23のコンサートに集まった子どもたちのように、入院生活を送りながら、セーラームーンを楽しみしている子もいたかも知れない。半端にリアルな病名を出してショックを与えるべきではない。
 世間に知られている難病や、特殊な病名をもちだせば、それだけで客の同情を買い、涙を流させることもできたろう。小林靖子は番組の性格を考えた上で、そういう安易な方法にたよることなく、愛野美奈子の孤独と戦いと友情を描いた。ろくな心理描写ができない、乳ガンやALSを小道具代わりに使わなければ、主人公を絶望させることも友情に目ざめさせることもできないどこぞのケータイ作家は、少しはこういう作品を見て反省するがよい。いや、それとも見ていたのかな。だからペラペラの原作に厚みを加えてくれるだろうと期待して、映画化の主役に起用したのか。う〜ん。いやそんなことどうでもいいや。Act.47。

1. 「その日」が静かにやって来た


 前回のAct.46終了後、コマーシャルをいくつか挟みまして、引き続き2007年3月21日(水)午前2時45分、Act.47再放送開始。私もかなりテンパってきた。
 みなさんご存知と思うが、東映公式によれば、小林靖子には「美奈子が死んじゃった!と視聴者の女の子たちを泣かせる番組にはしたくない」という思いがあったそうである。そのため、今回のエピソードは、時間軸をずらした語り口や、視聴者の予想を少しはずした展開で、ぼーっと観ていると、物語のいつ、どの時点で美奈子が還らぬ人となってしまったのかが、わざと理解しづらいような構成がとられている。そしてぜんぶ観おわってから再び冒頭に戻ると、アヴァン・タイトルこそ、この物語における美奈子のラストシーンであったことが分かる、という仕掛けになっている。そして最初も最後も、画面はかつてなかったほど、笑顔の美奈子で埋め尽くされている。
 具体的に見てみよう。アヴァン・タイトルは、美奈子が手術前の検査に出ていく朝。最後の朝だ。

白 猫「やっぱり、僕も一緒に行こうか」
美奈子「ううん、平気。まだ手術前の検査だけだし。あ、今度のアルバムのサンプル届いたから、聴いてみて。レコーディングもいい感じだったし、ちょっと自信ありかな」

 そして「行ってきます」が最後のセリフとなる。でも美奈子は「まだ手術前の検査だけだし」と言っているし、我々はこれまで「成功の可能性が少ない手術に賭ける」という話をずっと聞いてきたので、まさかその手術の日を待たずして、ここで美奈子が舞台から去ってしまうとは、ちょっと予想していない。
 主題歌が終わってAパートはその前日に話が戻る。わざわざ出てくる「前の日」という字幕が、つまりアヴァン・タイトルのシーンこそ、運命の「その日」だったことをひそやかに暗示する。そして、クラウンでの美奈子を交えた「行ってらっしゃいパーティー」の相談、クラウンを出て、街頭でうさぎに声をかける美奈子、そして美奈子が去った後のクラウンで、うさぎとプリンセス・ムーンの関係について話し合う亜美とレイとまこと、までが語られる。
 コマーシャルを挟み、Bパート冒頭で、アヴァンのシーンに戻る。「その日」が来たわけだ。光に向かって去っていく美奈子の後ろ姿。アヴァンとここで、美奈子のラストシーンが二度繰り返される。
 この後、ダーク・キングダムの話や、クラウンで「行ってらっしゃいパーティー」の準備をするレイたちの会話、そこへ美奈子からの連絡がないという不吉な知らせを告げに来るアルテミス、と続いて、火川神社でレイを待つアルテミスのシーンへといたる。しかしここでアルテミスが何を語ったかは伏せられたまま、物語はいったん美奈子から離れる。そしてBパート後半は、妖魔の出現、メタリアを取り込むエンディミオン、ダーク・キングダムを出ていくクンツァイト、といったエピソードが重ねられていく。アルテミスの「美奈子が、いってしまった」という一言は、最後のCパート、戦闘が終わったところで、マーズによる回想のなかに、やっと出てくる。
 泣き崩れるマーズに続いてはカーテン・コール。まぼろしのなかの「行ってらっしゃいパーティー」。ほほえみ、みんなに語りかける美奈子。確かにこれだと、うんと小さいお友だちなんか「美奈子ちゃんはどうなったの?なんでみんな泣いてるの?」とか疑問に感じるかも知れない。親としては「この街を後にする、って歌っているから、病気を治すためにどこかへいっちゃったのかな?だからみんな、さびしくて泣いているんだろうね」なんて答えるのだろうか。

2. 笑顔の下にあるもの


 Aパートのクラウンのシーンは、まだ美奈子が笑顔でそこにいる「前の日」の話なのに、なぜか切ない。まあ再放送で観ているこちらは、物語の結末をすでに知っているのだから、当然といえば当然だが、理由はそれだけでもないように思う。

美奈子「行ってらっしゃいパーティー?何それ」
レ イ「だから、手術に行ってらっしゃいってことよ。当然、お帰りなさいパーティーもやるわよ」
亜 美「そんなに大したことはできないんだけど」
まこと「で、明日かあさって、どうかな」
美奈子「ありがとう。明日は手術前の検査に行かなきゃいけないから、あさってなら大丈夫」
レ イ「じゃあ決まりね」
美奈子「お返しに、今度出るアルバムの新曲、披露するわ」
まこと「ホントに!すごすぎ。うさぎに連絡しなきゃ」
美奈子「内緒にした方が、面白くない?」
まこと「あ」
亜 美「いいかも」
レ イ「まあ、どんな顔するかは想像つくけど」
全 員「うそー!」

 この冒頭の二人の会話を見ても、あるいはこれまでの二人のいきさつを考えても「行ってらっしゃいパーティー」の発起人はレイと考えて間違いない。でもなぜレイはそんなことを言い出したのだろうか。手術が終わってからの「お帰りなさいパーティー」だけではだめなのか。そう考えたとき、我々は、美奈子が受けようとしているのが「ほとんど助かる可能性がない」手術であることに、改めて気づかされる。厳しい現実は、依然としてそのままなのだ。そしてまことはさておき、もうだいぶ前に、美奈子の口から話を聞いて、そのことを考え続けていたレイ、ママみたいなドクターになりたい医学部志望で、病院で美奈子の病状を察知した亜美、そしてずっと定期的に検査を受けてきた美奈子本人、彼女たちが、この事実の重さを忘れて楽天的になってしまっているとは、とうてい考えがたい。
 美奈子だって内心は、手術を受けることがすごく不安なはずだ。レイはそう考えている。でも美奈子はそんなことを表に出す性格ではないし、同情とかなぐさめも受け付けない。似たもの同士、そういう気持ちが分かるのだ。だからレイは「行ってらっしゃいパーティー」で励ますことを考えた。でも実のところそれは、本当に手術が成功してくれるか不安でしょうがない、レイ自身の気持ちを鼓舞するためにも、やらずにはいられないことだった。そして最初は「何それ」と不審そうだった美奈子は、そんなレイの思いやりに気づいて、多くは語らず「ありがとう」と二つ返事でそれを受け入れたのである。亜美もまた、レイの思いを共有している、みんなに飲み物をくばりながら、穏やかな笑顔だが、それほどうきうきした表情は見せていない。
 今を見つめて前向きに生きることを決意した美奈子。それを祝福する仲間たち。一見、ただただ明るい光景に見える。でもここに繰り広げられているのは、成功する確率は絶望的と言われる手術を前に、おびえも不安も決して見せない気丈なひとりの少女と、その内心をひそかにうかがいつつ、希望を捨てずに彼女を応援しようとしている友人たちの、信頼と連帯のドラマだ。だから、楽しいようで、観ているととても切なくなってくる。しつこいようだが、こんな物語、某ケータイ作家にはとても無理だ。
 でもそんな雰囲気が、最後に転調して、4人の少女らしい無邪気で明るい笑顔が弾ける。うさぎだ。「お返しに、今度出るアルバムの新曲、披露するわ」という美奈子に、まことがすっかり興奮した口調で「うさぎに連絡しなきゃ」と携帯をかけようとする。美奈子がそれを止めて「内緒にした方が、面白くない?」といたずらっぽく微笑むと、それまで落ち着いた感じだった亜美も「いいかも」と、とっても嬉しそうな笑顔を見せる。美奈子のためのパーティーが、美奈子ファンのうさぎのためのプレゼントでもある、という話に展開したとき、不意にその場に光が差すのだ。

3. 賢明なレイにしては珍しくアイデアに穴がある


 この会話の冒頭では、レイが「行ってらっしゃいパーティー」の説明をすると、すぐに亜美が「そんなに大したことはできないんだけど」と言葉を継ぎ、さらにまことが「明日かあさって、どうかな」と続ける。3人は、すでにこのパーティーの計画について示し合わせていたわけだ。そしてうさぎは、まだそのことを知らない。ここで私に分からないのは、言い出しっぺのレイは、はたして最初からうさぎをこのパーティーに呼ぶつもりだったのだろうか、それともそうではなかったのか、という点だ。
 レイはこれから危険な手術を受ける美奈子のために、壮行会というか、パーティーを行うわけだ。その席にうさぎも呼ぶ以上、普通に考えれば、手術についても説明せずにすませるわけにはいかない。でもレイにそんなつもりがないことは、後のシーンで明らかになる「手術のことは、終わってからお帰りなさいパーティーで言えばいいわ」。
 ということは、最初はうさぎを呼ぶつもりがなかったのか。しかし今の話し合いの後半で、うさぎをびっくりさせよう、と決まったときは、レイちゃんだって、ぜんぜん反対しなかったし、むしろとても嬉しそうな顔だった。うさぎ、びっくりするだろうなあ、って感じ。だとしたら、やっぱり最初から、うさぎも呼んでこのパーティーをしようって考えていたわけか。うーんでもその場合「行ってらっしゃい」の意味をうさぎにどう説明するつもりだったのか?いつまでたっても堂々めぐり。
 で考えた末の、私の結論は次のとおりである。

レイは、うさぎをパーティーに呼ぶかどうか決めていなかった。

  何だよそれ。いや、でも真面目にそう思う。美奈子のために「行ってらっしゃいパーティー」を開こうと提案したとき、レイは、うさぎを呼ぶかどうか、まだ決めかねていて、だから亜美とまことにも、うさぎの件には触れないまま、たんに、美奈子のためにパーティーをやろう、と提案したのだ。そりゃ呼びたいけど、でもどうやって事情を説明したらいいのかなあ、なんて。
 ところがまことはその話を聞いたときから、当然うさぎも呼ぶものと思い込んでいた。だから美奈子が新曲を歌うと知ったとたん、興奮してすぐうさぎに知らせようとした。それをきっかけに話が転がって、うさぎのためのサプライズパーティーというところへ落ち着いた。そうなったらそうなったでレイも異存はない。
 ただ手術のことはうさぎに伏せておきたい、という気持ちは一貫してあるわけだ。しかしそれにしても、レイはいったいどういう言い訳をするつもりだったのだろうか。芸能界と戦士の二足のわらじで過労気味なので、しばらく戦線離脱して軽井沢で療養する。だからそのための「行ってらっしゃいパーティーなのよ」って感じかな?

4. うさぎへの想いが、みんなをひとつにまとめる


 話を戻す。美奈子は、手術が成功する確率が、どれほど低いかをよく知っている。わずかな可能性への賭けでしかないことを、ちゃんと分かっているのだ。でもだからといって、クラウンで見せたその明るい表情は、決して強がりではない。美奈子の決断に迷いはない。結果がどうであっても後悔しない。ようやくみんなのおかげで、最後に「愛野美奈子」に戻れた、「私が私である理由」が見つかったのだから。でも、もう二度とここへ帰って来られなかったとしたら?美奈子には、今ここにいる仲間たちだけではない、もう一人、お礼を言わなければならない人がいた。プリンセス、うさぎだ。まことが興奮気味で「うさぎに連絡しなきゃ」と携帯をかけようとき、そのことを思い出した。
 観覧車でショート・ケーキをプレゼントしてくれて、頑なだった心を開いてくれたうさぎ、プライベート・ライブのとき、黒木ミオをあっさり許して「信じる力」を教えてくれたうさぎ、ロンドンにいる衛に会いに行くために一途に努力していたうさぎ、ゾイサイトからもらったオルゴールで記憶を奪おうとしたとき、「C'est la vie」を歌って泣いていたうさぎ。どんなときもひたむきで、希望を捨てないその明るい姿が、少しずつ私を変えていってくれた。そんな私のプリンセスのために、心を込めて歌ってから、新しい門出に向かおう。たとえその先にどんな運命が待っていようとも、悔いも迷いもない。
 プリンセスへの恩返し、最高のプレゼントを思いついた美奈子は、まことを制止して「内緒にした方が、面白くない?」といたずらっぽく微笑む。それを聞いたまことはもちろん、亜美も「いいかも」と、ぱっと笑顔を見せる。亜美は大好きなうさぎちゃんに、つらい思いさせたまま、何も打ち明けられず、慰めることも励ますこともできないでいた。これでうさぎちゃんに、ようやく笑顔をあげることができる。そう思った瞬間、亜美も、手術への不安さえ忘れて、嬉しくなってしまった。そしてレイも、ことの成り行きに、やっぱりうさぎは呼ばなくちゃね、と気持ちを決めた。「うさぎのためのパーティ」というアイデアが、4人の心をひとつにする。「まあ、どんな顔するかは想像つくけど」とレイが言うと、みんなで示し合わせたように「うそー」といううさぎの真似をする。でもこの時の4人の笑顔には「うそ」はない。今回のエピソードのなかで、一筋の光のようなシーンだ。

5. 美奈子、うさぎへの別れの挨拶


 しかしですね、自分で書いておいてアレですが、そう理解した場合、何でまた美奈子は、そのクラウンを出た後で、わざわざうさぎに声をかけたのかな、という新たな疑問が生ずる。
 うさぎは、止まってしまったムーンフェイズの時計を修理しに行ったのだけれど、直らなかった「せっかくお小遣い貯めてきたのに……衛になんかあったみたいで、嫌だな」。いまや衛の生命エネルギーは尽きかけている。実はそれが狙いで、衛は抜けガラ状態の自分の肉体にメタリアのエネルギー体を充填して、自らの体内にメタリアを封じ込めようと秘かに決意している。だがその企ては結局、ベリルが予告したように、失敗に終わるだろう。星の破滅はそこまで来ている。間もなくすべてが崩壊し、時間が止まる。その不吉な予兆として時計は動かない。
 そんなうさぎの肩をぽんと叩く人がいて、誰かと思えば「美奈子ちゃん!」びっくりして叫ぶうさぎに、思わずあたりの通行人までが、一瞬、足を止める。

うさぎ「買い物?」
美奈子「近くのスタジオで仕事なの。今度のアルバムの宣伝」
うさぎ「あ、来週だよね。もう予約した」
美奈子「そんな、プレゼントするのに」
うさぎ「ホントに!?うそー」
美奈子「それに、来週よりもっと前に聴けるかも」
うさぎ「えっ?」
美奈子「楽しみにしてて。じゃあ」
うさぎ「お仕事がんばってねー」

 これも、久しぶりに明るいうさぎちゃんを描いた、とてもいいシーンですね。いきなり言うにこと欠いて「買い物?」と問い返すおマヌケぶりも、さっきみんながそろって真似した「うそー」を本家が言うという趣向もいい。
 うさぎが、Act.35で美奈子の正体を知ってコンサートに行ってから後、戦う時以外に、ヴィーナスではない愛野美奈子に会った機会って、Act.40の「対マーズれい子新曲争奪戦」ぐらいしか記憶にない。あの時も、普段のうさぎにとっては、やっぱり今も美奈子ちゃんは、プリンセスの自分につかえる家来なんかじゃなくて、大好きなアイドルの美奈子ちゃんなんだ、ということが分かって、とても嬉しかった。そして今回、こうやって二人きりで会っている様子を見ていると、以前みたいに、あこがれのスターに会って緊張しまくって、変に固くなっているところもない。だからファンとして尊敬していると同時に、大好きな友だちでもあるんだな、と感じる。
 そして、かつて舞い上がったうさぎの「どうしよう」14連発に「あんな子が、セーラームーン」と失望していた美奈子はいま、そんなうさぎを、自分が前世の呪縛から解かれるきっかけをつくってくれた、そしてこの星の未来の扉を開いてくれるであろう希望そのものとして、笑顔で見つめている。
 ということはさておき、さっきクラウンで、翌日のパーティーで新曲を披露することを、うさぎには「内緒にした方が、面白くない?」とか言っていたくせに、その直後に、わざわざ自分から声をかけて、ネタバレみたいなことを言う美奈子って、いったいどういうつもりだろう、というのが疑問なわけだ。それだったらノーヒントでサプライズの方が絶対いいのに。実際うさぎは、この時はまだ意味が分かっていないけど、その後、部屋でルナから「明日は美奈子ちゃんのためのパーティーなの」とクラウンに来るよう言われて「あ、もしかして!」とカンづいちゃっているのだ。
 もちろんこれは、物語のうえでは、今回で去ってしまう美奈子と、主人公のうさぎとを、ここで一度、二人だけで会わせて、美奈子に最後の挨拶をさせるためのシーンだ。そういう作劇上の必然として理解しておけばいいのであって、美奈子の心理まで詮索する必要はないのかも知れない。でも、そうやってしつこく美奈子の気持ちを思いながら観ていると、なんだか美奈子自身が、これがうさぎと話せる最後のチャンスだと無意識に感じて、それで思わず、ネタバレになるのも構わず、声をかけた、というようにも見えてくる。
 ご存知のように、このシーンの直前、美奈子がクラウンを去っていく時、レイは階段を上がる美奈子に手を振りながら、ふと漠然とした不安の表情を浮かべる。霊感少女のレイは、これが美奈子との別れだ、ということを予感してしまうのだ。
 そういう予感が、あるいは美奈子自身にもすでにあったのかも知れない。つまり死期をさとっていたということだ。もう自分の生命が、手術のその日を待つことなく、あと24時間もすれば燃え尽きてしまうであろうことを、美奈子は無意識のうちに分かっていたのかもしれない。
 あるいは、こういう考え方もできる。前回、Act.46の最後で初めて戦士の力を発揮することができて、セーラーヴィーナスは本懐をはたした。そして会心の最新CDも完成し、歌手、愛野美奈子として自分が生きた証も残すことができた。美奈子にとって、ほかに名残りがあるとすれば、仲間とのひとときだ。ずっとクラウンで自分を待っていた椅子に座って、レイといがみ合うわけでもなく、同じセーラー戦士の仲間として、心楽しく語らう時間を、一度でいいから持つことだった。それもちょうどいま、はたされた。
 でもその場にはプリンセス、うさぎはいなかった。それだけが、まだ心残りかな。だからパーティーで歌を歌おうと思った。ところが、クラウンを出て仕事に行こうというところで、偶然そのうさぎと会った。思わず声をかけて、あの観覧車で話したときみたいに笑顔で語り合い、あのとき新曲「肩越しに金星」を歌ってあげたように、今度も新曲の話でうさぎと笑顔を分かちあって、笑顔で別れることができた。もうこれで、十分に想いは果たした。私はこの世界で「愛野美奈子」として生きた。そんな思いで満ち足りてしまったから、だから美奈子は、手術を待たずに燃え尽きてしまったのかなあ、それで「行ってらっしゃいパーティー」の前日に、プリンセスと戦士たち、そしてアルテミスへの、別れの手紙とも取れるような内容のメッセージを残していったのだろうか、とも思う。
 最近ブログ休養中の長茄子さん(残念だけど、しかしそのおかげで「狩水衣」の読み方と意味がようやく分かったよ)は以前、ここでの美奈子は、本当はすでにこの世の人ではなくなってしまった姿なのではないか、という意味の解釈を示されたことがある。私はそれをだいぶ後になって石肉さんの「せらむん読解ポイント」で知り、そこまで言い切ってしまうとちょっと無理があるかな、と思いつつも、魅力を感じないではいられなかった。このシーンの美奈子のたたずまいには確かに、もう自分の結末をさとりきって、生者たちの世界からなかば離れて、天使になりかかってしまっているような面影がある。

6. まこちゃんはいつもストレート


 この美奈子とうさぎの最後の対話のシーンが終わると、場面は再びクラウンに戻る。そしてさっきのクラウンと今度と、二つのシーンを通して観ると、美奈子の手術への不安を胸のうちに呑み込みながら、あえてそれには触れないように振る舞うレイや美奈子とは対照的に、わりと楽天的というか、屈託なく明るい、まことの姿が浮かび上がってくる。
 まこともAct.45では、見舞いに行った病室の外で「成功する可能性なんて、ほとんどないのに」「でも、ゼロじゃない。それに賭けるのは、怖いと思うけど」という美奈子とアルテミスの会話を立ち聞きして、激しいショックを受けていたのだから、美奈子が予断を許さない状況であることを知らないわけがない。でもあれだね、レイが「行ってらっしゃいパーティー」とか笑顔で言っているのを見て、なんか不安も忘れて、嬉しくなっちゃって舞い上がっているんだろう。まこちゃんってそういう子だ。だからレイや亜美の表面的には明るい笑顔の裏に何があるか、気づいていない。

まこと「あ、うさぎに手術のこと言ってなかったよね。どうする?」
レ イ「今はあんまり心配させたくないわね」
まこと「でも、仲間のことだしさ」
亜 美「レイちゃんに賛成かな。ずっと気になってたんだけど、この間、大阪さんたちを元に戻したことあったよね。あれ、プリンセスじゃなくて、うさぎちゃんなんじゃないかって気がしてて」
まこと「えっ?」
レ イ「それはあるかも知れないわね。前にも幻の銀水晶で人を助ける力を発揮してたし」
亜 美「でも、幻の銀水晶には、星を滅ぼす力もあって、つまり、うさぎちゃんがメタリアにもなれるってこと」
まこと「まさか!」
レ イ「慎重に、ってことね。じゃあ手術のことは、終わってからお帰りなさいパーティーで言えばいいわ」
まこと「でもさ…その…もし…」
レ イ「大丈夫!……成功するわ、絶対」

 まことの「あ、うさぎに手術のこと言ってなかったよね。どうする?」というセリフにはまったく影がない。そのまんまの気持ちだ。それに対してレイは「今はあんまり心配させたくない」とさりげなく言うけれど、心の底では、なんとか手術が成功して元気な美奈子に帰ってきて欲しい、そうすればこのことは、徹頭徹尾うさぎに内緒にしておける、という、祈るような想いでいっぱいなのだ。でもまことはそこまで気が回らないから「でも、仲間のことだしさ」と食い下がる。
 そこで亜美がレイに加勢する。美奈子の手術への不安は口にできないから、その代わりに前々から思っていた自分の考えを述べる「この間、大阪さんたちを元に戻したことあったよね。あれ、プリンセスじゃなくて、うさぎちゃんなんじゃないかって気がしてて」「でも、幻の銀水晶には、星を滅ぼす力もあって、つまり、うさぎちゃんがメタリアにもなれるってこと」。うさぎには強力な癒しの力があるが、その力は逆の方向にはたらけばメタリアと同化して破滅をもたらす。だからうさぎの心を不安にさらす可能性のある話は、できる限り遠ざけておくべきだ。特に地場衛のことで情緒が不安定な今、うさぎの接し方には、細心の注意が必要だ、取り扱い要注意人物なのだ、とまことをさとすのである。ある意味、友だちらしからぬこの冷静な現状分析に、まことは「まさか!」と絶句する。
 レイも、まことよりは真相に近づいてはいたと思うけれど「うさぎちゃんがメタリアにもなれるってこと」と改めてはっきり言われると、これはちょっとしたショックだったようだ。明確な判断は避け「慎重に、ってことね」とお茶を濁している。なんにせよ、ともかく、美奈子の件はまだうさぎには伏せておくべきだ。
 しかしそれでもまことは「でもさ…その…もし…」なんて言ってしまう。もし手術が失敗したら、うさぎはこのまま何も知らないで、突然、美奈子の死を知らされることになる。そんな大事なことをうさぎに隠しておくっていうのが、仲間として正しい行ないと、はたして言えるだろうか。まことはそう問いかける。
 しかし「でもさ…その…もし…」に続く言葉は、レイも亜美も、さっきからずっと胸のうちで思いながら、決して口にしなかった一言だ。そんな不吉なことを言ってはいけない。そういう、心の暗雲を晴らすための「行ってらっしゃいパーティー」なのだから。だからレイは、ほとんど自分自身に言い聞かせるように、まことの言葉を途中で強く打ち消す「大丈夫!……成功するわ、絶対」。
 結局まことは、さっきも美奈子が新曲を披露すると聞いて「ホントに!すごすぎ。うさぎに連絡しなきゃ」と電話しそうになったのを止められ、ここでも、うさぎにも手術のことを伝えておこう、という提案に反対されて、思いついたことはぜんぶ却下されてしまう。なんだか考えの浅い馬鹿みたいな役回りだ。でも皮肉なことに「仲間のことだしさ」というまことの考えは正しかった。このときもし、まことの言うとおりにしていたら、うさぎの孤独はいくぶんか救われていたかも知れない。終盤の戦いで、やりきれない悲しさや悔しさを炎に変え、妖魔にぶつけた後「みなこ!」と泣き崩れるセーラーマーズの姿に、マーキュリーもジュピターも息を呑み、無言のうちに美奈子の運命をさとる。ただ何も知らないセーラームーンだけが、けげんそうな顔で「レイちゃん?」とおずおず問いかけるのだ。このシーンはとても痛ましい。
 「星は決して滅ぼさない」という、プリンセスとしてのうさぎの決意を尊重し、あれこれ考えた末にすべてを伏せておくことにしたレイと亜美。あくまでストレートに、裏表のない性格のまま「仲間のことだし」ぜんぶ伝えた方がいいのではないかと主張したまこと。どちらもうさぎを大切に思っている。思っているのだけれど、運命の歯車は、結局うまくかみ合ってくれなかった。

7. まぼろしの「行ってらっしゃいパーティー」


 そういうことをあれこれ考えながらAパートを観てゆくと、今回のラスト、まぼろしに終わった「行ってらっしゃいパーティー」の光景は、二重の意味でまぼろしだったことが分かる。
 この夢のようなシーンで、うさぎは、美奈子が戦士の仲間としてクラウンに来てくれて、そして自分たちのために歌を歌ってくれている幸せに、現在のつらい立場も忘れて、ひとときの安らぎを得ているように見える。でも、もし本当にこんなパーティーが開かれたら、一体なんの「行ってらっしゃい」なのか、当然気になったはずだ。そしてそういう質問に、レイたちがどんな答え方をしたとしても、今のうさぎは、仲間が自分を遠ざけようとする雰囲気には敏感になっているから、レイはともかく、亜美やまことあたりの態度に、何かぎこちないものを感じるだろう。でもきっとそれも、みんなが、私が銀水晶の力を抑えられるようにと、気をつかってやってくれていることなんだろうと自分に言い聞かせ、問い返したい気持ちを我慢して、もっと複雑な表情で美奈子の歌に聴き入ったに違いない。
 そしてレイや亜美も、たぶんこんな表情ではないだろう。特に、美奈子とケンカをしてまで手術を勧めたレイにとっては、何よりも、まもなく美奈子が受ける「助かる可能性のほとんどない」手術のことが、払いのけても払いのけても、心に重くのしかかっているはずだ。そういう不安を押し殺しての、かりそめの笑顔を見せているはずだ。
 だからこのラストのパーティーは、美奈子の命がその前日に消えてしまったから、まぼろしに終わったというだけではない。たとえ仮にパーティーが実現できたとしても、その光景は、決してここに描かれたような幸福感に満ちたものではありえない、という意味においてもまぼろしなのだ。これは、本当なら明日のパーティーはこうなっていたのに、という光景ではない。もし、私たちがもっと違うかたちで巡り会っていたら、こういう素敵なひとときが過ごせたかも知れないね、という、今ここでは絶対に実現することが不可能な、少女たちの切ない夢を描いたシーンなのだ。


 というわけでAパートの3つのシーン、時間にしてわずか5分足らずの部分について書いているだけで、3日分の睡眠時間と、1万字を越える文字数を費やしてしまい、最後の再放送の水曜日が来てしまいました。だから今回はこれで終了。Bパートではダーク・キングダム側で、次回につながる重要な展開があるのだが、ほとんど触れずじまいだ。そして尻切れトンボに終わったネフライト最後のエピソードの意味の考察すらしていない。ネフリン、すまない。また今度ということで。


【今週の猫CG】【今週の待ちなさい】なし


(放送データ「Act.47」2004年9月4日初放送 脚本:小林靖子/監督:鈴村展弘/撮影:松村文雄)