実写版『美少女戦士セーラームーン』ファンブログ


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【第6回】メモリー・オブ『カサブランカ・メモリー』の巻(序)


 これまで、Act.2の亜美とAct.3のレイについて、それぞれ原作のキャラクターを実写と比較する、ということを試みてきた。しかし一口に「原作のキャラクター」と言っても、セーラームーンの場合、その成立事情もあって、実はそんなにキャラクターの性格描写が首尾一貫しているわけではないのである。
 セーラームーンの原点は、講談社の『るんるん』1991年夏休み号に武内直子が発表した読み切り短編『コードネームはセーラーV』であった。もちろん主役は愛野美奈子=セーラーV。これは、往年の少年漫画のような変身ヒーローものを少女漫画でやる、というワン・アイデアで成立しているような作品で、変身シーン、決めゼリフとポーズ、そしてバトルという派手な見せ場は用意されているものの、いったい美奈子はなぜ変身できるのか、アルテミスはなぜしゃべるのか、といった物語の背景事情は、あきれたことにほとんど説明されていない。しかしこの作品が読者アンケートで圧倒的な支持を受け、東映動画(現東映アニメーション)の注目するところとなる。そしてアニメ化の企画が立ち上がり、長編として新たに『セーラームーン』へと発展する。というような話は、まあみなさんもよくご存じでしょう。

 なぜ『セーラーV』をそのまま連載・アニメ化する、ということにならず、『セーラームーン』になったのか。それについて一部では「文房具会社のセーラー万年筆が『セーラーV』の商標登録をもっていたから」という人がある。いや、それは1995年頃『セーラーV』のOVA化の企画が流れたときの理由だという人もいる。少なくともセーラー万年筆が「セーラーV・1」を商標登録していることは事実のようだ(1987年8月19日登録、商標登録番号第1976339号)。
 でもこの話ってどうなんでしょうか。本当かも知れないしガセかも知れない。有名な実話で、横山光輝の連載漫画『魔法使いサニー』が連載途中でアニメ化されるにあたって『魔法使いサリー』と改題された、というのがある(『りぼん』1966年7月号〜1967年10月号。改題は1966年12月号)。これもけっこう経緯はややこしいが、要するに「サニー」の商標はソニーが類似ブランド対策のために押さえていた。だから当時、一般公募で名称が決まった新車の「ニッサン・サニー」を売り出し中だった日産自動車は、事前にソニーに打診して許可を得ていた。東映動画もそれにならってソニーに問い合わせたのだが、まだアニメが市民権を得る以前の話で、ソニーの態度はビミョーだった。そこで東映動画は『魔法使いサニー』のままのタイトルでテレビ化することを自粛した、という話だ。「セーラーV」から「セーラームーン」への変更の影に商標登録の問題があった、というウワサは、案外このあたりの話をヒントに、誰かが創作したものかも知れない、と私は思っている。
 しかしもし実話だとすると、それはそれで笑える。なぜなら漫画で初めて変身したセーラームーンが妖魔にティアラを投げつけて叫ぶワザの名が「ムーン・フリスビー」である。「フリスビー」って思いっきり商品名ではないか。そっちは気がつかなかったか?仕方がないのでアニメでは「ムーン・ティアラ・アクション」、実写では「ムーン・ティアラ・ブーメラン」と変更されていることはご存じの通り。

 脇道にそれた。いずれにせよ単独ヒーロー物のセーラーVから、集団ヒーロー物もしくは戦隊物としてのセーラームーンへと構想は発展し、『なかよし』1992年2月号から『美少女戦士セーラームーン』、そして『るんるん』1992年3月号から『コードネ−ムはセーラーV』の連載が相次いで開始される。『なかよし』本誌の連載に冒頭から登場する謎の戦士セーラーV。その正体が知りたいお友達は、隔月で刊行される『なかよし』の妹雑誌『るんるん』を買って『コードネ−ムはセーラーV』を読みましょう、というわけだ。そして間を置かず、1992年3月よりテレビアニメ『美少女戦士セーラームーン』の放映が始まる。要するにこれは、二誌にまたがる漫画連載とアニメの連動という形で動き出した企画だったのである。
 こういう作品の場合「原作のキャラクター」なんて一口に言っても、たとえば美奈子なんかは、最初の短編で単独の変身ヒロインとして登場した時と、改めて『るんるん』で連載された『セーラーV』と、『なかよし』本誌にセーラーヴィーナスとして登場する時と、どの美奈子を切り取ってくるかでけっこう印象が違う。『るんるん』の美奈子なんか、はっきり言って髪型以外、うさぎと全く区別がつかない。
 それからもうひとつは、同時進行のアニメが原作に与えた影響がある。とくに声優たち。武内直子は、三石琴乃を初めレギュラー声優陣とけっこう頻繁に交流していたようで、漫画を読んでいると、やれセーラー戦士のみんなと食事をしただのホームパーティーをしただのという報告が、欄外とか読者との交流コーナーみたいな場所に書かれていたものである。そういうこともあって、連載が進むに連れ、武内直子の原作漫画にはアニメの声優たちのイメージがわずかづつダブるようになっていった。
 しかし注意していただきたいのだが、これは、たとえば原作と実写版が同時進行で、原作者がうさぎのイメージと沢井美優をダブらせていった、というのとは根本的に違う問題である。何が違うか。言っちゃ何だがトシだ。
 武内直子は1966年生まれ。うさぎ=セーラームーンの三石琴乃が1967年生まれ。亜美=マーキュリーの久川綾が1968年生まれ。アニメ及び雑誌連載の開始時にはそれぞれ二十代半ば。そこからほぼ二十代後半の貴重な時代をセーラームーンに捧げた同志である。だからやはり原作漫画でも、この二人に対しては、一番年齢が近いという思い入れも強く感じる。一方、少々年上だったのがジュピター=まことの篠原恵美とヴィーナス=美奈子の深見梨加。二人が全く同じ1963年8月8日生まれっていうのはアニメ版オタクの間では有名なトリビアですね。そしてレイ=マーズの富沢美智恵は1961年生まれ、ほんとうに申し訳ない言い方だが、アニメ放送開始の時点ですでに三十路の山は越えていた。
 この辺の人間関係、武内直子のプライヴェートでのつき合いが、おそらく無意識のうちに反映されてしまった結果、原作漫画においては、みんな同い年のはずの戦士なのに、うさぎと亜美だけが同い年っぽく、美奈子とまことがその上、そしてレイはどんどんオネエサマ化してゆく、という現象が生じたのである。といってもそれに気づいた人はそう多くないかも知れない。ひょっとして私だけか?ともかく、これは実写版の五人の人間関係を考えるうえでも、案外これから参考になるのではないかと思うのでちょっと書いておいた。
 実は、タイトルにも出したように、今日の日記で本当に書きたかったのは『るんるん』の1993年9月号に掲載された武内直子のセーラームーン番外編『カサブランカ・メモリー』のことだった。これは武内直子がマーズの声優、富沢美智恵への一種のオマージュとして捧げた短編で、火野レイを主役にしたロマンティックな恋愛物語である。

 レイの恋の相手は「海堂さん」という父の第一秘書で、子供の頃からレイを可愛がってくれたお兄さんのような人だ。レイがパパと面会するときいつも素敵なドレスを着ている(むりやり着させられている)のは実写版のファンの方もご存じだろう。実はパパの代わりにあの服を選んでいるのが海堂さんだ。海堂さんは、レイを子供の頃から見ているから、彼女の好みや、どんな服が似合うかということをよく心得ている。誕生日に「パパより」と火川神社に届けられる花束やプレゼントも、実はぜんぶ海堂さんの見立てである。そのことはレイも知っていて、二人は淡い恋愛関係にある。でもパパは、海堂を自分の後継者と見込んで、保守党トップの娘と政略結婚させる。自分を育ててくれた「火野先生」に薦められた縁談を海堂は断れない。政界のプリンスの婚約発表はマスコミにも報道される。それを知って心乱れるレイ。そのとき、はじめてレイの霊感がはたらかなくなる。その隙を衝いて活動を始める妖魔……という話です。

 初めて経験する恋心の悩みをかかえ、夜の街をさまようレイはばったりまことに会う「あたしたち、まだゆっくり話したことがなかったっけ」。二人はどう考えても未成年が入れそうもない会員制のクラブに入る(何しろ「火野先生のお嬢様」だから入れるのである)。そこでまことは、前の学校で先輩に振られた話をしみじみとレイに語る。二人とも制服なのに、どう考えてもアルコール入りとしか見えないカクテルを飲みながら。このへんがさっき言った、声優の実年齢を反映したキャラクターのオネエサマ化である。
 この短編は、セーラームーンの漫画のなかで、私が最も好きな話であると同時に、たぶん実写版におけるレイのキャラクター設定の、一番のベースとなった話であるとも思う。それで少しこの話を詳しく紹介したかったのだけれど、そこまでの前提をごちゃごちゃ書いているうちに時間がなくなってしまった。すみません、また機会を見てこの短編についての話をします。そんなわけでものすごく尻切れトンボですが今回はここまで。
 それにしてもこの『カサブランカ・メモリー』、読めば読むほど北川景子と安座間美優のイメージにぴったりなのである。実質レイとまことしか登場しない話なので、私は、できれば二人がほとんど活躍できなかった『Act. Zero』にボーナス・ドラマとして収録して欲しかったと今でも思っている。たぶん原作を読まれれば、本当は安座間美優が大好きな長茄子さんとM14さんもそう思われるに違いない。

 

【付記】この「メモリー・オブ『カサブランカ・メモリー』の巻(序)」に続く「本編」は4年後になってようやく書きました(こちら)。